脳舞台~大石主税の青春
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7月半ば。歌舞伎役者・相之助は朝霧の中。
旅立つ大石主税良金に細い手を合わせ見送っている。
「どうか願いが叶いますよう・・・」

主税は豊岡(但馬)へ向かっている。
豊岡には父・内蔵助から離縁された母がいる。
(主税は知らず)そして弟・妹たちがいる。

豊岡に着いたのは蒸し暑い夕暮れ間近。
母・りくは主税の訪ねて来たことに驚き・叱責したが。
叔父の取りなしで。その晩は泊まることになった。

主税は蚊帳の中.。床に入っている。
暑さのせいか気が高ぶっているのか。なかなか寝付けない。
ぼんやりと母の姿を想い浮かべる。

母は夕餉を出してくれたが押し黙ったままで。
主税に対しまるで「要らぬ客」を扱うような持て成しだった。
主税もまた黙々と食し「一礼」して夕餉を終えた。

「母上と会えるのはこれが最後。。お叱りを受けるのも最後だなぁ」

7月初め。浅野内匠頭弟・大学による浅野家再興の件。
夢叶わずの一報が内蔵助らの耳に入った。内蔵助は「非常時の人」であったから。
即座に内々の取り決めによる「吉良仇討」を決定した。
主税はその旨を江戸浪士組へ伝えるために一足早く江戸入りを決めた。

江戸入りは死出の旅路の一里塚。
今生の別れになることは明白だった。だからこそ。母にひとめ会いたかった。
ただ会いたかった。顔を見たjかった。それしか頭になかった。
その一念だけで豊岡を訪ねた。

「もうこれで思い残すことなく江戸入りできる」

主税は仰いでいた顔を縁側に向ける。
虫の音と蛙の鳴き声が乱れるように聞こえてくる。
やがてそれらに背中を向ける。

すると縁側の障子が引かれ微かに夜風が流れ込んでくる。

誰が障子を開けたのか?夜風の中に覚えのある香りが漂う。
主税は一瞬口を開き振り返ろうとしたが。口が動かない身体が動かない。
言えば動けば過ちを犯すような気がする。身体がそう感じ訴えている。

障子を閉める音。主税の側まで静々と寄る音。膝を折り座る音。

主税は目を閉じ。音だけに耳を従わせる。
やがて汗ばんだ首筋にやわらかな風を感じる。団扇の風だ。
主税を抱擁するかのような穏やかで緩やかな風。

その風に潜む過去から現在に至るまで常に身近にあった匂い。

主税は様々な想いに駆られ眠れない。
そうではない。眠りたくない。
眠らずこの時間を永遠のものにしたい。

そう願う。


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※このエピソードは伝説を元にしています。
こんな個人的な話を知る人がいるわけありません。
例えあったとしても。
両人が他人へ喋るはずもなく・・・・ということです。

主税が母の想いを感じ黙って受け止める。

このシーンで言葉は両者の間に必要ありません。
人は口があるため「言葉にする」行為に及びますが。
時により「感じる」だけで良い場合があります。

というか・・・この件を書くこと自体野暮だったですね。
言わねばならぬことは多々あれど。
言わぬが花もこれありにけり・・・・・・orz

この年の暮れ12月14日・吉良邸討ち入り。
表門大将・大石内蔵助 裏門大将・大石主税。
特に裏門隊には手練れの浪士組多くを配し。
主税は率先して吉良を探索したと言われます。

大柄でたいそう大人びていたと伝えられています。
(また内蔵助以上の家老になったのではないかとも)
切腹と相成った際も落ち着き払って臨み。
その堂々とした態度に介錯人も涙したと言われます。

あ。それと冒頭のタミヤ製のプラモの箱絵。
大石主税は16歳。既に元服を済ませており。
前髪ではありませんのでご注意を^^;



絵の話~菱川師宣・改めて「見返り美人」に気づく
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菱川師宣


浮世絵をメジャーにさせた元祖とも言われる菱川師宣。
(ひしかわ もろのぶ・元禄時代・第5代将軍徳川綱吉統治時代)
代表作「見返り美人」は世界的に有名。
不遜ワタクシもよく知っているつもりでおりました。
いましたが。改めてこの図を見ると「あら。大変!」
頭の中で「それなり美人」になっていたことに気づきました。

ワタシの脳内=彼女はこちら側(鑑賞している自分)を見ている。

そういうふうに「勝手に転換」していたのです。
図にあるように顔は「横顔」です。
いやはや思い込みとは厄介なものです。
因みにこの浮世絵は版画ではなく肉筆画です。

さてそもそもこの画を想起したのには理由があります。
何故「見返り」なの?why?という点です。で。ワタシが出した答えは。
「子供がゾウさんを描く時。顔とお尻を同時に表現したりするよね?」

子供が顔とお尻を同時に描くのは興味がそこにあるから。
長い鼻を持つ顔。デカいお尻。大きな足。
この場合。胴体はどうでもいい。顔・尻・足に比べれば面白くないのです。

それを念頭に置いて「見返り美人」を見ると。
顔とお尻を同時に見せていますよね?
・熊さん「顔を見るとケツが見えねぇ。ケツ見ると顔が見えねぇ」
・八さん「そりゃ当たりめぇだな」
・熊さん「おっ!そうかそうか!身体を捻じらせりゃ両方見れる!」

菱川師宣もふとそう考えたと思うんですよ。
つまり子供のような「欲求」ですね。
知恵を絞って考えに考えて発案したとは思えないのです。

まぁ。それはともかく。見返り美人。いいですなぁ。
署名の位置も全体のバランスを考慮されて絶妙。
振り返って見ているのは「なんなの?誰なの?」




mariちゃん
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mariちゃんと最初に会ったのは。
京都だったか。大阪だったか。
もはや記憶が曖昧になっているのだけど。

恐るべきことに。
ワタシと彼女の細く薄い関係は40年間続いている。
え?@@;どんな怪しい関係?
のーぷれぶべむ。直接会ったのは2~3回。
あとは全部「手紙」「メール」「年賀はがき」のお付き合い。

ワタクシ「年賀はがき」は元々書いたり書かなかったり。
なので年賀はがきの枚数は減っていくばかり。
それでも彼女だけは毎年送ってくれる。
そんな不思議さを「互いに意識」したこともあり。
「おもしろいねぇ」などと書いたこともある。

会った当時。20歳の短大生。小柄な女性だった。
どこか骨っぽく痩せた印象で。
「赤毛のアン」の主人公の感性が好きだと言っていた。
(ああ。それはその時の発言だったか。それとも手紙だったか)

彼女は兵庫県・芦屋の人(現在は嫁に行ったので他府県)
あの「神戸淡路大震災」も体験しており。
「体験して以来。ちょっとの揺れでパニックになるんですよ」などと語っていた。
タンスが横にぶっ飛んでいるのを見たというから。
凄まじい体験だったろうと思う。

そんな彼女もワタシと同じだけ歳をとり。
いい感じの「妙齢の女性」になっている。
(はぁ。40年は長いねぇ)縁を大事にするという意味で。
もともとスピチュアルな部分があったのだろう。

今は動物系セラピストで動物や飼い主の心理カウンセラーをしている。

(ワタシが2000年2月3日に離職した由をメールで伝えると。
節分は物事を判断するbestなタイミングであり。
如何にもあなたらしいとの返事が来た。結果的に「運命曲線」通り^^;)

彼女は精神世界にずいぶんと通じているのだと思う。


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※運命曲線=名称通りに検索していただくと。
あるいはまだ掲載されているかもしれません。
名前・年月日を入力すると人生全体の好不調をグラフで見ることができます。

おもしろいことにワタシの場合。結果的でしょうが。
曲線通りのリズムで人生を送っています。
若い人よりある程度。お歳を召した方のほうが理解しやすいでしょう。
無料で使えますので検索できればおやりになってください。
(あくまで参考として^^)




閑話休題~不調
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日本の政治屋が不調です(ある意味順調w)
・・・いやそうではなくて。パソコンが不調です。
先ごろ。幾つもの画面を立ち上げて同時並行で見たり書き込みしていたんです。
そして。それらを閉めようとしたら。あらまぁ。不思議。
画面の立ち上がりが遅くなり。動きが怪しくなってしまったのです。

共産党China・ネット集団からの妨害でせうか?w

それは冗談として。パソコンが思う様にいかないと。
やる気が失せるんです。ここが一番のポイントです。
思う様にいかない=自由に手足が動かないは・・・
(困ったことに)面倒くさいに繋がるのです。
でも脳舞台で書きたいものがあり。それは二つ三つあります。
「脳舞台・世阿弥問わず語り」「脳舞台・大石主税の青春」etc.

そんな中で訪問してくださる方々のブログに。
なかなか訪問できないでいるのが現状で。
(画面が表示され辛い)心苦しく思っております。
パソコンは4年目。東京オリンピックまではなんとか。
持ち堪えて欲しいものです。

さて話は変わります。
舛添元都知事は公金を私金として流用したことの是非を問われ。
都知事の座を追われました。ところが。コイケ都知事はどうでしょう?
毎日500万ですか。豊洲市場の維持費の垂れ流し。
(舛添氏の比ではありません)
東京オリンピックの公約違反もそうです。

マスコミは舛添氏の件をギャーギャー煽って。
コイケ都知事の悪政はギャーギャー言わない。why?
都ファ・・・都民ファミリーランドでしたっけ?w
(素人集団49/50が選挙で通った・・・異常事態です)
都知事・都議員は別々です。2元制なんです。
でも余りに都ファが多過ぎて。
2元制そのものが機能し辛くなっているんです。
(コイケの頭脳=都ファ議員の頭脳)

つまり端的に言えば独裁です。マスコミの嫌いなはずの独裁です。
都議会で都議員が「何がAIだ!」と都知事に向かい罵声を浴びせました。
(コイケ都知事=わたしはAI発言を揶揄して)
そして彼は退場させられました。国会で野次は当たり前です。
与・野党議員が野次って退場させられますか?フツウに野次ってるじゃないですか?
(野次に関して都議会と国会が同じ対処するのでないならば了解しますが)

マスコミと反日的野党は裏で手を握っているように見えます。
今コイケ都知事を煽ったところで内閣打倒に繋がらないでしょう?メリットがないんです。
(都ファブーム・希望の党誕生も内閣打倒に繋がるからこそ煽ったわけです)
コイケ都知事もそれを知っているからこそノウノウとしていられるのです。
しかしまぁ。世間はすぐに忘れすぐに踊ろされますねぇ。
世間は情報操作でどうにでもなる=マスコミが権力化するわけです。タメイキ。

そうそう。井伊直弼が彦根藩主になった頃。
大変な善政を行っていることを知った遊学中の若き日の吉田松陰が。
「実に仁君に相応しくその徳の高さに感涙す」の書を残しています。
その彼が後日「安政の大獄」により斬首されるとは。
直弼も松陰も想いもよらなかったことでしょう。

ただ立場は違っても「日本国」あってこその想いは同じだったと思います。




脳舞台~「高山寺決起」・絶対に真似ちゃいけない自殺マニュアル
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伊藤(俊輔)博文は夢にうなされている。
「高杉さん・・・いけんよ。それ言うたら赤禰さんが救われんちゃ・・・」
伊藤の額に汗が浮かぶ。夢は続く。

場所は下関・功山寺。12月14日。こんこんと雪が降り積もっている。
寺の境内で一人の鎧武者が馬を後ろに傲然として座っている。
そこへ伊藤俊輔が「高杉さん!」と呼びながら転ぶように駆け込んでくる。

「俊輔!何しに来たんか!」
「何しに来たんかって・・・やっぱり誰も来とらんのじゃね」
「そうじゃ。長州人は腑抜けばかりっちゃ。決起の祝いの品は貰ったがのう。ふっ!」
「高杉さん。昨日の夜のアレはないっちゃ。あね~な。こと言うたらダメっちゃ」
「ワシが何言うたか?何がダメなんか?」

「やっぱり覚えとらんのじゃね。ベロベロ酔っぱらっちょったもんね」
「何を言うたか。聞いちゃるけぇ。言うてみい!」
「高杉さんが言うたことじゃけぇ。怒らんでくださいよ。
奇兵隊士は赤禰さんの帰りを待ってから行動したほうがええちゅう意見じゃったが。
そこへ高杉さんの暴言じゃ。赤禰は土民の出じゃ。
それに比して高杉家は毛利家代々の家臣じゃちゅうて・・・」
「・・・。そねぇなこと言うたんたか?覚えちょらん」

「高杉さんが一番わかっちょる話っちゃ!
諸隊・奇兵隊は先生(吉田松陰)の草莽崛起の言葉で造られたもんじゃ。
長州人は身分関係なく武器を手に取って戦え。高杉さんは自分でそれをひっくり返したんよ!
ワシは先生からあんまり可愛がってもらえんかったけど。志は受け継いだぁ思うちょる」

「赤禰の件は後で謝罪する。が。今は俗論党(高杉命名・実は常識派)を倒す最後の機会。
はぁもう。あねぇこねぇ言うちょる場合じゃないんちゃっ!
この時期を逸して長州の生き残る(高杉命名・正義党・実は非常識派)道はないんじゃ!
ヤツラの息の根を止めん限り長州はまとまらん!
幕府に我が藩の軍艦を渡すなど以ての外じゃ。何が幕府に絶対恭順じゃ!バカタレが!」

高杉は眼下の雪を蹴り上げる。砕け散った雪は俊輔の肩に降りかかる。

「おう。俊輔。お前の諸隊は力士隊じゃったのう。何人おるんか?」
「30ばかりじゃけど。そねぇな数。どうにもならんっちゃ!相手は3000の藩士っちゃ!」
「3000が何じゃ。そねぇなこと恐れちょったら大業はならん!」
「高杉さんは滅茶苦茶じゃぁ!わざわざ殺されるために隊士は遣れんっちゃ」

高杉は俊輔を睨む。俊輔も高杉を睨む。

「あ。そう言えば。石川の隊は50程おるか・・・」

俊輔はふと石川のことを思い出した。
ふだん懇意にしている石川小五郎率いる遊撃隊には50ばかりいる。
連絡をすれば直ぐに駆けつけてくれるだろう。
30と50足して80か。それを高杉に伝える。
(やっぱりワシは高杉さんと同じ馬鹿なんじゃろか?と思いながら)

「おう。それだけおればええ。戦にはなる!俊輔!急いで石川を連れて来い!」

「はい!」俊輔の足は速い。脱兎のごとく功山寺の階段を下った。
「三千世界の烏を殺し。ぬしと朝寝がしてみたい♪っと。あやかりたいもんちゃっ!」
高杉の都都逸を口にしたものの俊輔の顔は強張り青白い・・・

朝の眩しい光が伊藤の瞼を開ける。
「近頃。高杉さんの夢ばかり見ちょるのう。高杉さん。あんまり早よう呼ばんでくださいよ」
伊藤はやおら布団から起き上がる。


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この話の前後を要約します。長州は幕軍の第一次長州征伐に敗戦(前年には英米仏蘭連合軍と戦い破れています)つまりボロボロの状態です。その頃。藩内は二つの意見に分かれていましたが。幕府に破れたことで幕府恭順が藩内意見の主流となります。この頃各藩で軍艦を持つように幕府から通達されており長州も持っていました。俗論党(高杉命名・常識派)は軍艦を幕府に渡し忠誠の証とすることを決定します。高杉ら正義党がそれを阻止すべく立ち上がったのが今回の「脳舞台」でのことです。後日。山縣狂介率いる奇兵隊が加わり。高杉軍は200あまりになります。

この戦い。大掴みにすると最初から決まっていたようなものです。俗論党の多くは高杉軍に賛同していたのです。なので藩の軍艦・食料・金銭は簡単に手に入り。結局。正義党の勝利となります。つまり数ではなく。天・時・人を得た時に物事は進んでいくのです。こうして藩内統一に成功した長州は第二次長州征伐を迎えることになります。薩長連合などまだまだ先の話です。尚。日時・人数など詳細の正誤はお許しください。我が脳内は「だいたい把握」できればOKの立場ですw

いやはや。方言使いましたが。これ「捏造」です^^; 難しいちゅ~ねん!ワタシ・肥後天草系長州人。当時の萩や山口で使われていた方言がわかるはずありませ~んw だいたいですね。毛利氏は中國十ヶ国を持ち広島・安岐の国を根拠にしておりました。それが関ケ原の後に山口に押し込められて来たわけです。つまり広島弁と山口弁がごちゃごちゃになったと思われます。それに山口市は大内義隆が権力を握っていた頃。京の文化を取り入れ。西京と呼ばれるほど栄えていました。当然。京文化に親しんだ大内氏の生き残りが多くおり毛利武士など田舎者とする人達もいました。ワタシは「異邦人」です。全然関係ないところで生まれていますので。真から方言を知りません。話し言葉など「標準語・博多弁・広島弁・鹿児島弁・関西弁・山口某所弁」ごちゃまぜです。

※赤禰武人=第三代奇兵隊総監(幼い頃。赤禰家へ養子縁組・武士の立場を得ていた)高杉と共に英国公使館焼き討ちに関わる。馬関戦争(対・英米仏蘭連合)・第一次長州征伐参加。第二次長州征伐後。高杉との意見の相違もあり。奇兵隊を出て大阪へ。ただし。この間。赤禰の立場は微妙になっており。正義党と俗論党の二重スパイを疑われ。長州へ帰った際に捕縛。問答無用で斬首されている。秀才型・高潔で優しい人柄。総監時代は合議制で作戦を練った。兼ねてより奇兵隊全員を「武士と同格」に扱って欲しいと懇願するが無視されている。松陰門下では高杉の先輩格に当たる。赤禰の名誉が回復されたのは平成に入ってからである。