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脳舞台~本能寺の変・信長の遺体はどこへ消えたのか?
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天正10年6月2日午前4時(1982年)・京・本能寺。
就寝していた織田信長。
小姓の森乱(森乱成利)から報告を受ける。

「ナニ。兵が寺を囲んでいると。旗印は?」
「水色桔梗紋。明智殿。謀反でございます!早くお逃げください!」
「キンカン頭か。ヤツは織田家随一の武将ぞ。逃げるは叶うまい」
「それでも殿がおられねば天下が・・・」

信長は座りながら乱にも座るよう促す。
乱はポッと顔を赤らめる。
「む?何を勘違いしておる。そのような事ではない」

信長は遠い目をして語りだす。

「乱よ。松永弾正久秀を覚えておるか。
わしを裏切った憎らしいヤツじゃが。
平蜘蛛の茶釜に爆薬を仕込んで首にかけ。
天守を吹き飛ばして死んだと信忠から聞いた。
わしはその様を想い描く時。
この世と思えぬ美しきものを見るかのようであった。
羨ましき傾き振りよ」

信長は恍惚とした表情を浮かべる。

森乱の弟が外から大声をあげる。
「明智軍。寺に乱入して参りました!」
それに対し信長は森乱に急ぎ外へ出るよう促す。
「良き働きを見せよ!」
森乱は深々と一礼。奇声をあげながら外へ出て行く。

ひとり残った信長は腹の底から息を吐きだす。
「さてもさても。人生五十年とはよく言ったものよ。これもまた是非もなしと申すべきか」
自分の歳を思いながら。枕元にある漆塗りの小箱を膝に乗せる。

「久秀。地獄で会おうぞ!」

馬上の明智光秀は突然の爆音を聞き。広がる闇に巨大な火球を見る。
「これも殿が成された報いでござれば。許されよ」
光秀は手を合わせる。そして本能寺へ向かうまでの。胸中迷いに迷った自分を振り返る。
振り返ることにより。己が邪を糺した者として認めようとする。

「わしは・・・」

「わしは殿に拾われ。褒められ怒られ操られてきた。
じゃが。わしは嬉しかった。器量を試されることこそ男の本望。
殿はその場を与えてくだされた。感謝しきれぬほどじゃ。

然しながら。ここ数年の成されよう。。わしはわしの思う天下が壊れるのを恐れた。
まだ見ぬ世界へ行こうとされる殿を魔王の如く思った。
安国寺恵瓊が「信長さまは何れ高転びに転ぶであろう」と申したが。
どうやって転ぶものか。わしは考えたものじゃ。
そのわしが転ばす役になる。人の世とは全く面白きものよ」

彼は炎の昇る寺に目をやりながら乾いた笑い声をあげる。



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「本能寺の変」には二つの謎があります。
①なぜ明智光秀が謀反を起こしたのか?
②なぜ織田信長の遺体が見つからなかったのか?

①については諸説あります。どれも憶測(後だしジャンケン)に過ぎません。
如何に事実らしくても「「らしい」の域を出ないのです。
ワタシはひとつの理由から謀反を起こしたとは考えません。
また本能寺の変はクーデターを起こす絶好のタイミングでした。
織田家の主な家臣らは京から遠く離れ敵陣と向かい合っていたのです。
光秀に信長謀殺の意思があれば。この時期を逃す手はありません。

②自害すれば焼死体として発見されるはずです。
ところがいくら探しても見つからなかったのです。
例え誰かが運ぼうとしても周囲は明智勢で満ちており。
逃げようとしても必ず発見されます。ではなぜ見つからなかったのか?
それが今回の創作に至った要因です。

※森乱(森蘭丸)の表記は「信長公記」(信長祐筆・太田牛一)を参考にしています。
松永弾正久秀は「川角太閤記」において「天守に火を放った後に切腹した」となっています。
ただし「川角太閤記」は信憑性に乏しい資料とされています。
また爆薬で天守閣ごと吹っ飛ばしたとあるのは創作のようです。
でも想像する時「ビジュアルとしてとってもステキ」な光景です。
信長の恍惚とした表情云々はワタシの表情です。え?@@;




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おお、久秀っ!
 松永久秀好きですわぁ。主家を主家とも思わぬ獅子身中の虫っぷり。それでいて一流の文化人、策士、政治家。
 久秀は信長との相性は悪くなかったと思うんですよね。でも残念ながら人の下につくタイプではなかった。人の上に立つ徳も無かったけど。って、どう料理したらええねん!!
 秀吉だったら上手く丸め込んだかなぁ。秀吉より年上だから、秀吉が死んだ後に悪さするって事もなかったろうし。
 しっかし、足利 > 細川 > 三好 > 松永・・・って、当時の幕府て何重構造なんだよ。
 明智光秀、うん、これはもうダメだね。おのれの美学に走りすぎ。例えそれが身の破滅になるとしても、こうと信じたら絶対に曲げないタイプと見た。顎で使われている間は才能を発揮できるが、重石がとれた途端に軽さを暴露しちまう典型だろうなぁ。
 信長さえ隙を見せなれば結構幸せな結末を迎えられたろうに。大抵の人はチャンスが無くて不幸なんだけど、この人ばかりはチャンスがあったが故に不幸だった。
miss.keyさん^^
コメントありがとうございます。

下剋上の典型・松永弾正久秀。
このヒト。もっと世間に知られていいんじゃないかと思います。
司馬遼太郎はその著書「関ケ原」で。
「信長の精神上の父は斉藤道山・叔父が松永久秀」と語っています。

これは面白い見方です。茶器・刀剣の文化的価値を認めさせたのは。
織田信長だと考えれば確かに「松永久秀は叔父」だと思います。
久秀はたくさんの茶器を収集しています。

政治家にして大変な文化人。その久秀を支配下に置いていたのは。
信長にしたら目の上のタンコブ的存在だったかもしれません。
憎らしいけど恋しいみたいな複雑な感情があったかも?
なので久秀の死に様を信長が真似した可能性も否定できません。

いや。そうじゃない。かなり意識して真似をしたんじゃないの?
というのが今回の信長の遺体はどこへ消えたのか?の結論です。
そうです。信長は爆裂して死んだのです。単なる切腹で死ぬ玉じゃないでしょうw^^)/
ずいぶんご無沙汰です。
ちょうど桑田忠親の名将列伝、明智光秀の項を読んだばかりです。
光秀謀反の通説の域を出てませんが。
それよりも光秀が生き残って天海僧正になったという説、
面白いですね。
残念ながら史実の生年月日が全く異なってますが。

斎藤道三、松永弾正はたいへん魅力ある人物です。
時代の改革者だったのでしょうね。
ただ、歴史というのは勝者によって作られるもの。
道三や久秀が天下を取っていたら、信長のように違った評価になったでしょう。

waravinoさんの歴史に詳しいこと、
非常に驚きました!


NANTEIさん^^
コメントありがとうございます。

初めて歴史に触れたのは中学校。「社会科・歴史」の時間です。
それは脳回路がピキーンと繋がった瞬間でした。何故かどんどん吸収できるのです。
どんな授業も退屈で興味がなかったのに。ナニ?この新鮮な感覚は?
と思ったほどでした。楽しくてしょうがなかったのです。

それが近代史に入っていくとグレーゾーンになり。つまらなくなりました。
ちっとも頭に入ってこなくなるのです。何か大事なモノがスコーンと抜かれた感じ。
近代ですからもっと生々しく詳細にわかるはずなのに。
木で鼻をくくったようでしかありませんでした。そこに躍動感がなかったのです。

次に高校時代「司馬遼太郎・関ケ原」を読むに至ります。
その世界はまさしく「こちら。関ケ原です。ただ今から実況放送を始めます」
のような。躍動感あふれるルポタージュ手法。そこに生きた歴史があったのです。
(因みに龍馬がゆくは読みませんでした。文章が小説過ぎて興味を引かなかったのです)
つまり自分は「生きた歴史」が好きなのであって小説はまた別の次元にあったのです。

海音寺潮五郎「武将列伝~上・中・下巻」はすごく好きでしたね。
(上巻は手に入らず。中・下巻しか読んでませんが)
因みに中巻は南北朝時代の武将らが取り上げられ。早雲・元就・信玄・謙信となり。
下巻は信長・秀吉・家康・三成・如水・家光・勝海舟・西郷隆盛などへと繋がっていきます。
中巻は文庫本だったこともあり。就寝前に繰り返し読んだものです。
とくに楠木正成の項は大好きで頭に焼き付くぐらい読みました。

海音寺潮五郎氏は石田三成について否定的でありながらも。
文を締めくくるにあたり「それでも男として一掬の涙を覚える」と語っています。
「男として」という視線で書く文章だったから好きだったのかもしれません。
著者が各武将らと対等に会話し「生きている歴史を観る想い」だったから好んでいたのでしょう。

歴史は虚と実から出来上がっています。また現在も虚と実の繰り返しです。
上っ面を剥がすのも楽しいですし。なぜ上っ面を被せないといけなかったのか。
それを考えるのも面白いです。また自分なりに創造力逞しくするのも楽しいものです^^)/
「脳舞台」って良いわぁ♪
まさか単なる誤字じゃないよね?

どうしてそんなに歴史に詳しいんですか!
全然付いて行けません。
特に「○○の変、○○の乱」となると、誰と誰がどこで、なんで戦ったのか、まるっきりわかりません。というか、何度読んだり聞いたりしても(記憶力には自信があるのですが)覚えられません。
これは一種の学習障害なんでしょうか・・・。
信長と言えば、馬に乗って大根食ってるか(うつけ時代)、「人間五十年~」って歌いながら舞ってる姿しか思いつかない・・・そうか、本能寺で死んだのは信長だったw

では、今日は先日録画しておいた「本能寺ホテル」を見て学習しますwww
とんがりねずみ さん^^
コメントありがとうございます。

> 「脳舞台」って良いわぁ♪ まさか単なる誤字じゃないよね?

ぬぬぬ。誤字ではない!無礼である。そこに坐せ!斬首してくれん!
「能舞台」の洒落ですがな(;^ω^)・・・Oh no!
舞台形式で読み手がのぞき見するような感じにしたかったのです。

> 特に「○○の変、○○の乱」となると、誰と誰がどこで、なんで戦ったのか、まるっきりわかりません。

承久の乱(昇給の乱に変換されてしまった。でもありそうよねw)とか薬子の乱とか。
観応の擾乱・応仁の乱とかね。乱・変・合戦にもそれぞれ使い方があるそうで。
まぁ。ワタシらは講師でも学者でもないんです。大掴み・概略がわかればいいんじゃないですかね?
歴史って繋がっているから。その視点で見ると面白いですよ。。ある人物に焦点をあてると。
それに関する人物らが出てくる。そんな調子で枝葉を伸ばせばいいんです。あとは想像力でしょう^^

本能寺ホテル・信長の棺など見ましたよ。
ホテルのほうは綾瀬・カワイイ♪現実と時代が交錯しておもしろい。
棺は信長の遺体はどこへ消えたか?のひとつの答え(アイディア)です。
信長は「材料」としてモッテコイなんでしょうね。動画で見れますよ^^)/
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