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続・天草幻影~「原ノ城」と天草・島原の乱
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原ノ城・舟越安武


若い頃。岩手県を訪れたことがある。
その際に岩手県立美術館で舟越安武(故人)の名作「原ノ城」を見る機会を得た。
写真では知っていたが。まさかこちらで見るとは思わなかった。
後で知ったことだが。あるのも当然で舟越安武は岩手県出身。
(高校の同級生に画家・松本俊介がいる)カトリック系キリスト教信者。

さて「原ノ城」の印象はどうだったか?

少しだけ前傾姿勢で目の部分はスポッとした穴になっており。
わずかに口が空いている。全体に哀切が纏わり付いて。
何かを訴えているかのよう。それがじわり緊張感として伝わってくる。
(謎めいて幾ら眺めても見飽きない像だ)

題名の「原ノ城」。もちろん長崎県・島原市にある「原城」の事だ。
現在は石垣が残っているだけで。周辺では発掘調査をしているのだそうだ。
そこから島原・天草軍と思われる人骨が出てくる。
骨は腹から半分に切断され別々に分けられた状態。
その上に重しとして多数の石垣が置かれている。

遺体の切断。何故。そこまでして埋めたのか?

幕府側の資料に「童女が笑いながら死んでいった」という記載がある。
(つまりパラダイスへ行ける喜びが笑顔となった)
同じ理由で笑いながら死んでいった石山本願寺の一向宗一揆。
「死ねば極楽・生きれば地獄」
本気でそう思えば人間は死の際に笑うことすら受け入れる。

だが。島原の乱と一向一揆とは決定的に違う。
(藩主の重税が乱となった発端だが。書く目的がそこにないので省略する)

幕府側はキリスト教(カトリック系)の教義が如何なるものか徹底的に研究したはずだ。
(もちろん宣教師を先兵として送り。改宗させ内乱を起こし国を植民地化することなども)
とくに彼らが怪しみ許せなかったのは「復活」という概念だ。死んだ人間が生き返るのだ。
まだまだ迷信が多く残り。それが真しやかに行われていた時代。
これが事実なら支配者側からすればキリシタンは恐怖すべき対象だ。
上半身と下半身を分けた。あるいは死体の上に重しとして石垣を乗せた理由がこれだと思う。

島原の乱の反省から幕府側は表だったキリシタン弾圧を行っていない。
(島原には人徳のある人物を藩主にし穏やかな政策をとらせている)
誰かが「あそこは隠れキリシタンです」と伝えてきても「心得違いの者である」と対応した。
つまり密かに暮すキリシタンは敢えて見過ごし融和への道をとったわけだ。
(むろん。300前後の藩があるので一様とはいかなかったろうが)

九州はキリシタン大名が多い。大友宗麟しかり小西行長しかり。黒田如水しかり。
とくに大友氏全盛期には多くのキリシタンが誕生したと思われる。
(信仰する余りに神社仏閣の打ち壊しを繰り返し行っている)
長崎・大浦天主堂には26聖人像が置かれている。これもまた舟越安武の作品だ。

ただ現場へ行き確認しているが記憶には残っていない。





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死者には石を抱かせろ
 むかーしむかしの石器時代だか縄文時代だかの墳墓からは、石を抱いた遺骨が多数出てくるのだそうな。これは死んだ人間が悪霊となって出て来ないための呪いなんだとか。一方、キリスト教徒は死後の復活を信じて笑顔で死んでいく狂気の集団。つまり屍は悪霊予備軍・・・。恐ろしや、恐ろしや。
miss.keyさん^^
コメントありがとうございます。

縄文時代は1万2000年間と考えられています。
2000年だけでもイエスくんが誕生してからなのに。
それより1万年も古いのですよね。これ簡単に言いますけど。
メチャクチャ平和な時代だったってことじゃないですか?

山に行けば山の幸あり。海へ行けば海の幸あり。
人口は適当にいて自然のままに生まれ死んでいく。
年齢は30歳ぐらいまでが多かったらしく。
それでも人口が増えたのは年齢制限なしで子供を産めたから。
性欲が出てくるのは思春期。
15歳で産めば30歳で死んでも子供は15歳。
しかも一夫一妻制の概念などなかったろうし。
養うことができるヤツはいくらでも相手を探すことができたわけです。

そういうヤツに限って子作り上手。
で。例え子供だけになっても「村という集団」で育てた。
そりゃ。増えますわな。
ワタクシの嫌いな「共産主義・左派系」などいなかったろうし。
縄文時代に生まれたかったなぁ。

悪霊思想ってそんな時代からあったんですかね。
まぁ。当時も「見える人には霊が見えた」でしょうから。
案外。事実として考えられた可能性もありますね^^)/
waravinoさんって、すごい歴史について造詣が深いというか博学と言うか、見直しましたよ←ジャムパンとガリガリ君が好きな変なおじさんではなかったwww(笑)

歴史って、私、もっとも苦手というより興味がない分野かも。
まぁ時代劇とか怪しげな平安公家文化とか好きですけど(笑)
NHKの大河ドラマも戦国時代のは、見ているだけで埃っぽくて色味が無くて、絶対挫折する。
やっぱ大奥的なやつとか新撰組的なやつとか、宝塚でやっても見栄えがする歴史でないと←人間失格www
だからこういう歴史に通じている人って、すげーーーと思うわけですよ。いやほんとに。

でも先日「小説フランス革命全18巻」ブックオフで大人買いしました。
ベルばら好きなので、フランス革命は好きです←終わってるwww

あ、この前見た時、プロフィール欄に「秦氏云々」とあったけど、実はうちの隣、「秦氏」なんですよw
で、去年一流企業を定年退職した亭主が第2就職先で女作って出家(この場合、家出か)。手先が器用なんですかね、やっぱ(^_^;)
とんがりねずみさん^^
コメントありがとうございます。

初めて歴史に触れたのは社会の授業です。
で。まったく勉強できなかったのに。
何故か社会のテストは満点近く取っておりました。
そう。歴史と出会った時に「ピキーン」とスィッチが入ったのです。

しかし!近現代史になると全然面白くなくなり。
白痴状態に陥ります。つまり夢も希望もなくなったんですよw
(夢見る少年でしたから。歴史=SFだと捉えていたかも?)
その頃。夢中だったのは「シャーロック・ホームズ」です。
「怪盗ルパン」は読みませんでした。怪盗ですから如何なものかとw

初めて歴史関係の小説を読んだのは「関ケ原」(司馬遼太郎)です。
これは面白かったですね。何が?「こちら現場です」。
疑似体験するような文体が好きだったんです(三島由紀夫は嫌っていたらしい)
なので如何にも「小説」の書き方の「竜馬がゆく」はダルクて読めませんでした。
ノリノリ時代の司馬遼太郎。好きでしたね。
中でも「豊臣家の人々」は短編集ですけど。名作「と言っていい」
(これ司馬さんが文中にやたら使用w)

ワタシの歴史知識なぞ。ゴミみたいなもんですよ。
単なる雑学範囲。系統だって勉強してないですもん。
でも自分にとってはそれでいいんです。
だいたい専門家になる必要ないですしねぇ。

秦氏の件。なるほどなるほど。それは興味深い。
というか。オンナ作って出て行ったご主人のほうがもっと興味深いw
定年退職でしょ。よくそんな元気があるなと。
これも古代イスラエルの血がなせる業なのでしょうか?w

アニメ版「ベルばら」大好きです^^;)/
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