武士・父と子の覚書
大石主悦
大石主悦良金・辞世の句


歴史上。記憶に残る四組の父と子がいる。

楠木正成・正行
徳川家康・信康
真田信繁・幸昌
大石内蔵助良雄・主悦良金


楠木正成・正行は南北朝時代。後醍醐天皇に命を捧げた悲運の武将。
正成とその弟・正季は少数で足利尊氏軍と闘い。時ここに至らず。
七生報国の言葉を残し。互いに刺し違えて自害する。
時を経て。南朝方の正行と弟・時行は北朝方との戦に敗れ。父と同じく兄弟刺し違え果てる。
この死に方に関する相似形に不思議な因縁を感じずにはおれない。
楠木親子ほど忠節の二文字が似合う者はおらず。
また悲劇的な死に様は心の琴線に触れる。それは自分だけではないだろう。
正行・享年24歳(推定)


徳川家康は織田信長から嫡男・信康の宿敵・武田家との内通を疑われ。
立場の弱い家康は信長に反すること出来ず。信康切腹の命令を受け入れる。
信康は内通を否定(夫人は武田家出身)するも信長の圧力に抗しきれず切腹。
この時の介錯人・服部半蔵は。主筋を介錯することを悲しむあまり。
刃を向けることができず。検視役が介錯したという。
ただし。この事件には諸説あり。信長の命ではなく家康自身の考えでそうしたとも言われる。
真実ははっきりしないものの。後年。関ケ原の戦いで。次男・秀忠が戦いに遅参した折り。
秀忠を激しく叱責すると同時に「信康が生きておれば」と嘆いたと言われる。
豪勇を謳われ将足るに相応しい器であり。また父親の顔を知らない異母弟・秀康を憐れんで。
家康と対面させる場を作るなど心優しい面も持ち合わせている。
信康・享年21歳。


真田氏(昌幸・信繁)は関ヶ原の戦いの責をとり紀州・九度山にて蟄居生活を送る。
嫡男・幸昌はその九度山にて誕生。母は知勇兼備を謳われた大谷刑部吉継の娘。
蟄居から15年後。真田信繁・幸昌親子は豊臣家の要望を受け「大阪城」に入城。活躍の場を得る。
冬の陣・夏の陣を経て豊臣家壊滅。戦いは秀頼親子の自害で収束する。
信繁は最後の出陣前に幸昌へ城内に残り。秀頼の出馬を要請させるも実現するに至らず。
また秀頼と生死を伴にするよう指示。言わば秀頼に従って死ねと伝えた。
我が子へ死ねという父の想い。それを受け入れる幸昌の想い。両者の想いは深く重い。
幸昌・15歳。


大石内蔵助良雄・主悦良金は元赤穂潘浪士。内蔵助は代々城代家老の家柄で。
嫡男・主悦良金は赤穂事件がなければ家老職を継ぐ身だった。周囲では若年ながら。
父にも勝る才覚を持つと謳われ。例えば堀部・不破ら江戸にいる過激派を説得するために。
父の許しを得て一人江戸へ下り。見事にその役割を果たすなど。強い引率力を持ち合わせていた。
また映像で見ただけだが。父へ宛てた手紙の墨痕に尋常ならぬものを感じた。
太く力強く引かれた線には強固な意志が宿っており。彼の性根を見たような気がした。
討ち入りの際には副将として吉良屋敷裏手門を任せられている。
内蔵助は家老の息子だから副将にしたのではなく。極めて優れた人間性を認めた故だろう。
主悦良金・享年16歳。


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今回の記事は覚書であり。記録の面で多少の誤りがあるかもしれません。
その点についてはご勘弁のほどお願いします。
こうして記事を書いてみると武士の子息ってのも大変だなぁと。思いますね。
常日頃から死を前提にして物事を考え。行動しなければならないからです。

そういう点では一種の宗教的な色合いがあるのかな?と思います。
宗教もまた死を前提にして考え生きることから始まります。あ。
宗教関係者にはそれは違うだろ!なんてお叱りを受けるかもしれませんね。
個人的な考えなので。真実と違っていたら。ごめんなさい^^;

武士の子息は15~6歳で元服し大人の仲間入りを果たし。以降は一人前の武士として扱われます。
そして当人たちも。その期待に応えようとします。武士として生き恥をかかないためです。
二十歳の成人式でバカ騒ぎする若者と比較すると。その余りの落差に愕然・唖然とします。
とまぁ。その成人式にも出なかったワタクシ。どーのこーの言える立場じゃないな^^;




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こんにちは。
思わぬ歴史好きとお見受けしました♪

私も好きですが、性格がねじれているのか、
後世に「汚い男」と評される人物に惹かれるのですね(^^ゞ

松永弾正とか、藤堂高虎とか・・・(笑

真田一族でも生きながらえて、
それこそ「生き恥を晒した」ような、
兄・信之に興味があります。

もともと百姓の出であるナンテイは、
武士道というのが本心から賛美できないのですね(^^ゞ

特攻隊的精神もイヤですし(>_<)
昔なら「非国民」でしょうね~~~~
NANTEIさん^^
コメントありがとうございます。

> 後世に「汚い男」と評される人物に惹かれるのですね(^^ゞ
> 松永弾正とか、藤堂高虎とか・・・(笑

斉藤道三なんかもヒドイですよね。
引き立ててくれた主君を追い出して自分が大名になるんですから。
とても元坊主とは思えないですw

藤堂高虎は変節漢と言われ主君をいろいろ変えていますが。
でもまぁ。秀長始めみんな死んでるし。
最後は家康に忠誠を誓って死ぬほど努力して仕えています。
汚い男~には苦笑いするでしょう^^;

真田信之は長生きしてますね~。
93歳でしたか?とにかく長命で昌幸・信繁のぶんも。
しっかりもらい受けています。
徳川政権下では政治力もあったようですし。
その点父譲りでしょうか?

武士道って江戸時代になってから成立したものでしょう?
すでに用済みになった兵士としての武士が。
生きる意味?を見出すために出来上がったものでしょうか。

ワタクシは藤田まこと演じる「中村主水」が好きです。あは^^)/
武将の事はさっぱりわからない「非歴女」ですが、ラミーとバッカスならよ~くわかります。
つか、結婚してからそのようなチョコがあることを知ったというか・・・亭主がそれらに目がなく、それこそ1箱一瞬で食べちゃうくらいのラミバカ好きw。
てことは、waravinoさん、お酒イケる口なんですか?
私はあまりチョコ好きではないので、男があんなふうに板チョコをモリモリ食べるのを見て、目を見張った遠い記憶・・・。
チョコよりうまい棒だー!

今月から平日「一人増えた」ので、マジ調子狂ってものすごい体調不良です(-_-;)
武士は喰ねど・・・呑む
お早うございます
『味』は小学四年で憶えました
中学高校と修行を重ね
成人式では
断酒の誓いを建てましたが

即日(夕方には)
この『禁』は破られました
あはは。
とんがりねずみ さん^^
コメントありがとうございます。

ラミー&バッカスは。
ドンキホーテで特売?していたんです。
この二つのチョコは子供頃から。
「大人の味」ということで大好きでした。
たぶん旦那さんも同じ気持ちか?と。

でもでも。酒はダメ。下戸なんですよ。
バッカスは洋酒入ってますけど微量ですからね。
その微量の酒とチョコの甘味が絶妙なんです。

あ。旦那さんの件。お疲れです。
心身共にご負担かと思いますが。
何卒粗大ゴミ扱いだけはお許しあれ^^;)/
はしびろこう・ウナ さん^^
コメントありがとうございます。

あ。お酒のことですね。
小学4年で覚えるとは。さすがに早いですね。
修行=酒行?いやはや。成人式で断酒の誓いとは!
好きな体質なんですね。

ワタクシは基本的に酒を受け付けないんです。
或る晩。たまたまヤケクソ?で。
ワイン1本飲み干したことがあるですけど。
翌朝。起きようとしたら立ち上がれないんです。
つまり二日酔いで腰が抜けたんですw

その日は急病ということで休みました!あは^^;)/
三男大出世
 内蔵助さんの活躍のお陰で三男棒は1500石で浅野本家に仕官。浅野一族と結婚してとまあ、偉い破格の扱い。実は赤穂浪士の討ち入りは就職活動の側面も有ったと言うのは内緒ナイショ。でも切腹させられてたら意味が無い?いやいや、武士の社会は一族社会。自分が死んでも家が残ればそれで良いのである。今とは価値観が決定的に違うのですな。
miss.keyさん^^
コメントありがとうございます。
パソコンぶっ壊れて返信が遅れました。
まことに申訳ありませんでした。

>  内蔵助さんの活躍のお陰で三男棒は1500石で浅野本家に仕官。
浅野一族と結婚してとまあ、偉い破格の扱い~

あ。これは知りませんでした。
三男って討ち入り当時はまだ幼かったのかな?
ホント。運がいい。
大石家にとっても有り難いことですね。

そこで可哀想なのは主税くんですかね~。
頭脳明晰・実行力抜群など。
実力は相当なものを持っていたのに16歳で散るとは。
如何にも気の毒で仕方ありません。

おそらく女性も知らずに・・・と思っていたら。
どうやら男性は知っていたみたいで^^;
若い歌舞伎役者と衆道の誓いを交わしていたようです。

ま。当時のことですから異常でも何でもないですが。
女性より先に男性を知っていたとすると。
織田信長さんと同じかなと。いやはや大物は何かが違います^^;)/
よかった~^^
やっぱりパスワードが違っていたんですよね。
本当にあれって困りもんです。変えたことも忘れちゃうんだから。もう、全部指紋認証にならないかしら。
とにかく、復活おめでとうございます^^
limeさん^^
コメントありがとうございます。

ヒントを与えてくださってありがとうございます。
ほんのわずかな変更だったので忘れていました。

これまではフツウに入れていたので。
時間をおいて改めてパスワードを書くって作業は。
年寄りには難しい問題ですよw

またそのうち記事のほうは更新しますので。
よろしくお願いします^^)/
こんばんは。
パソコンが新しくなったそうですね。
まずは、何よりでした^^

しかし、現代はパソコン無しに、
あるいはスマホ無しに暮らせる時代ではなくなったようです。
なぜでしょうね。
パソコンが不具合になると、心臓も具合悪くなりますが、
イヤなもんですね(>_<)

雨の中、素っ裸で走るれるのは芸術家の証しです(笑
NANTEI さん^^
コメントありがとうございます。

パソコンを使用できなくなって2週間。
なんだかのんびりした雰囲気がありましたね。
パソコンから放たれる電磁波の影響がなかったからでしょうか?
パソコンからの解放。なかなかいいもんだとも思いました。

でも必要な情報を得るにはパソコンが一番。
またブログのように他者との情報の共有ができるのもパソコンの良さ。
悪いところより良いところのほうが勝っているようです。

パソコンが不具合になると~
それはわかりますね。使えなくなると。
いきなり陸の孤島に追いやられた気分になります。
スマホ・ケータイともに現代人共通の病気ですかねw^^)/
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