今さら何を思って2・26事件
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題名にもある通り。ある日ふと。「2・26事件」の文字が頭に浮かんだ。
何故そんな古い時代の事件が浮かんだのか皆目わからない。
ただ少し気になって事件ついてネットでいろいろと調べてみた。

案の定。この事件に関する記事・動画が数多く出回っており。
これまで漠然としか認識していなかった様々な情報を得ることが出来た。
事件全体を一番。手っ取り早く知ることができたのは動画サイトで。

1989年制作・五社英雄監督「226」だった。

若き日の三浦友和・萩原健一・本木雅弘・竹中直人・佐野史郎等が青年将校に扮し。
脇を丹波哲郎・高松英郎・松方弘樹・梅宮辰夫・芦田伸介・田村高廣等がガッシリと固めている。
驚いたのは松方や梅宮がワンシーンのみの出演であったこと。芦田・田村もまた然り。

映画全体が骨太で余計な肉を削ぎ落したような作りで。
個人個人の回想シーン以外はほぼドキュメント風になっており。
事件そのものが主人公の群像劇と言った按配だ。

映画は事件の起こった当時の時代背景のナレーションから始まる。

《昭和の始め、日本は満州での武力進出を巡って、国際連盟を脱退、国際的に孤立し、
国内でも血盟団、5・15事件、会沢中佐による永田軍務局長刺殺事件と相次いで起こり、
経済不況と東北地方の凶作による農村凶行とが相重なって、国民の不満と不安は絶頂に達していた》

やがて場面は青年将校等の密談に移る。

香田(隆大介)・「我々の狙いは、昭和維新の志をしっかりと天皇陛下のお耳にお達しすることにあるんだ。
それにはここに集まった同志が結束して立ち上がるしか道はない。そうだろう?安藤君」
安藤(三浦友和)・「しかしなぁ・・・部下の下士官兵まで巻き添えにすることは・・・」
栗原(佐野史郎)・「それは違います!彼らのためにこそ立つんです!」

香田・「あと数ヶ月で我々は満州に派遣される。日本をこのままにして部下を外地で死なせることができるか?!」
野中(萩原健一)・「安藤、兵がなければ、武力がなければ、この計画は実現不可能なんだ」
河野(本木雅弘)・「わたしは単独でも決行しますよ。何事にも時期というものがあります」

磯部(竹中直人)・「決行あるのみです!昭和維新の旗印の元に結集しましょう!」
安藤・「その時期が早過ぎる・・・失敗したら逆賊の汚名を着るぞ・・・」
磯部・「失敗はせんよ、絶対に!真崎大将を始め、我々を支援してくれる軍の司令部は大勢いるんだ」
栗原・「安藤さん、我々は一丸となって新しい日本を作り出す捨石になるんですよ」

野中立ち上がり硝子戸に白紙を押し付け万年筆にて書す。
野中・「議論は出尽くした。あとはこれだ!」
紙片を安藤に渡す。安藤声を出し読み上げる。
安藤・「我、狂か愚か知らず 一路ついに奔騰するのみ・・・」

以下青年将校率いる約1500人の兵士等の動きと事件発生後の大まかな流れ。
                   ↓
         事件発生=昭和11年2月26日未明
                   ↓
襲撃先=岡田首相官邸・高橋蔵相邸・斎藤内大臣邸・鈴木侍従長邸
      牧野前内大臣邸・渡辺教育総監邸・警視庁・朝日新聞社
                   ↓
襲撃後=三宅坂・霞ヶ関・赤坂・永田町一帯を占拠 
                   ↓
事件の第一報が天皇に伝えられ、天皇は早くも彼らを「賊軍」と称される。
                   ↓
川島陸軍大臣と対面。青年将校等が「決起趣意書」を朗読し行動の本意を伝える。
                   ↓
                戒厳令施行
                   ↓
一部青年将校等の主旨に賛同する動きがあるも天皇の奉勅命令より鎮圧部隊出動
                   ↓
青年将校等、下士官兵を原隊復帰させ自らも投降し法廷闘争を目指す。
                   ↓
裁判は非公開・弁護人ナシにて行われ、青年将校・民間人17名の刑死が確定。
                   ↓
          事件発生から約半年後、処刑


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昭和5年。海軍の三上卓・作詞による「日本青年の歌」(※昭和維新の歌)が。
流布し歌い継がれるなど。国を憂う気配が既に存在したこと。
陸軍・海軍の将校等の間に現国家体制に不満を抱く者が多数いたこと。
ナレーションにも紹介されているように憂国の気持ちから起こしたテロ事件が多発していたこと。
また北一輝・小川周明などの思想家・活動家に代表されるように。
憂国を詠った書刊が出廻り。将校等に多大な影響を与えていたこと。

これらの伏線があった後に昭和11年「2・26事件」は起きている。

彼ら青年将校等は既存の腐敗した軍部・財閥絡みの政治体制を廃し「天皇親政」を理想としていた。
(天皇によって直接。政務を執り行うこと)
事件当初。青年将校等の行動に賛同・支持する者は官民問わず多数存在した。
それだけ当時の国家体制は迷走に次ぐ迷走を重ね不安・不満の対象だった。

当時の軍部は皇道派(改革急進派)と統帥派(既存の政治体制)に分かれ対立しており。
それまでのテロ事件による被害者はすべて統帥派側だった。

結局。青年将校等の行動は虚しく徒労に終わり刑死するに至るが。
これにより皇道派の勢いは急速に萎み始め。
代わりに統帥派が以前にも増し強固な軍事・政治体制を築きあげて行くことになる。

その後。日本は大東亜戦争(第二次世界大戦)へ突入する。


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こうして事件を俯瞰してみると。つくづく歴史というものは偶然の積み重ねなどではなく。
一連の流れがあり「必然の積み重ね」があって成り立っているのだと感じる。
歴史は時代の流れを横糸・必然を縦糸とした織物に似ているのではないかとも思う。

尚。裁判で検察官を担当した匂坂春平が後年。
「私は生涯のうちに一つの重大な誤りを犯した。その結果。有為の青年を多数死なせてしまった。
それは二・二六事件の将校たちである。検察官としての良心から私の犯した罪は大きい。
死なせた当人たちはもとより。その遺族の人々にお詫びのしようもない」と話したことを付け加えておく。


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※日本青年の歌(昭和維新の歌)・作詞 三上卓
一、
※汨羅(べきら)の渕に波騒ぎ
巫山(ふざん)の雲は乱れ飛ぶ
混濁(こんだく)の世に我れ立てば
義憤に燃えて血潮湧く
二、
権門(けんもん)上(かみ)に傲(おご)れども
国を憂うる誠なし
財閥富を誇れども
社稷(しゃしょく)を思う心なし
三、
ああ人栄え国亡ぶ
盲(めしい)たる民世に踊る
治乱興亡夢に似て
世は一局の碁なりけり

(四~十まであるが略す)

※汨羅(べきら)の渕~
紀元前3、4世紀頃。中国は戦国時代にあった。当時揚子江流域一体を領土としていた楚に屈原という人物がいた。
詩人であり政治家でもあった屈原は王への進言をことごとく側近に邪魔され。遂には失脚させられて追放される。
しかし屈原は他の国に仕えることを良しとせず。祖国滅亡の危機を憂いながら洞庭湖畔汨羅の川に身を投げた。
楚はやがて秦に滅ぼされ。以来。屈原は「不運の愛国者」の代名詞となった。




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アルク~早春をあるく
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パソコン作業を終えた午前中。

玄関から一歩足を踏み出せば。
いきなり軟らかな陽射しが全身を包み込む。
水色の空には太陽がカッと照っている。

空気はまだ少し冷たいけれど。
やっと春の訪れが始まった気配がする。
春はいつかは来るものだ。
(暖房ナシ生活もあと少しで楽になりそうw)

隣家の庭に目をやれば。
満開の紅梅がピンピンと跳ねるように沢山の新たな枝を伸ばし。
濃いピンクの蕾を付けている。

少し歩いた先の家の庭では。
大きな(まるで動物園のような!)檻に入っている犬達が。
寝そべって眩しそうな目をしながら陽を浴びている。
(5匹ぐらいの大型の雑種犬・飼い過ぎだろう!@@;)

線路伝いを歩く。

線路脇には雑草が生えていて。
その中にひと際目立つ草が目に入る。
葉は幅広くヒラヒラしている。
小学生の頃。学校でウサギを飼っていた。
その時にウサギに食べさせていた草だ。

そうだ。あの草だ!

そう思った時には。葉の一部を千切って口に含んでいた。
「ウサギに食べれて人間が食べれないことはないだろう?!」
瞬間。そう考えて噛んでみたのだ。

歯触りは軟らかく。嫌な感じはない。
しばらくして青草独特の苦みが出てくる。
これはひょっとしてダメだったか?

しかし飲み込めないほど苦くはならず。ゴクリ喉に通す。
おそらく塩で揉み。お湯をサッと通せば。
カツオ節・ショウユなど振って食べられるはず・・・に違いない。
(食い意地が張っているのだ!@@;)

急こう配の坂道をあがる。

広い空き地のある場所だ。
そこから子犬と飼い主が出てくる。
子犬は脚を踏ん張って。
飼い主の引くリードをピンと張らせる。

「ボクハ マダ ココニ イルンダヨ!」

子犬はそう言っているように見える。
しかし飼い主は構わず。グイグイとリードを引く。
子犬はシブシブ脚の力を抜き。
飼い主の後を付いて行く。

その空き地に入ってみる。

ここに立つと空の広さが他の場所とまるで違う。
思い切り胸を反らし顔面を天に向ける。
無限に続く水色の空間と自分だけの世界が出来あがる。

遮るものなど何もない。何も目に入らない。

じっと見つめていると。じんわりと幸福感が満ちてくる。
何もないことがこんなに素晴らしいなんて思いもしない。
いつまでもここにいたい!そんな気持ちにさせられる。

(なんてステキな場所だろう!)

ほどなくして空き地を出る。

やがて右手に桜の巨木が見えてくる。
見上げる程の高い場所にあるから余計大きく立派に見える。
端々の枝にはまだ幼い蕾たちが付いている。

満開の時期が来たら。さぞや見応えがあるだろう。
そうしたら。ここへオムスビなどを持って食べに来よう。
(満開の桜の下はやはりステキな空間なのだ!)

そこを過ぎる。

すると不意に先頃。手に入れた自転車のことを考え始める。
両タイヤ・チューブ共に交換せねばならないが。
車体はmade in U・S・,Aで「本物感が漂う」なかなかのシロモノ。

取りに来た自転車屋の知人が車体を見るなり。
思わず「うおっ!」と唸ったから。
おそらく自分と同様の「感触」を得たに違いない。

タイヤ交換が済み再整備されて戻って来たら。
そして本格的な春になったら。
この自転車に乗って少し遠くへ出掛けてみよう。

さてどこへ行こうか?

菜の花畑の田舎道もいい。
潮風に吹かれながら海岸通りを走るのも悪くない。
緑地公園の葉陰の下を潜るのもいい。

春はいい。なんだか暖かい夢が見れそうだ。

愉しげな思いを胸にして。
なんだか足取りが軽くなった気分。
春だね。春なんだねぇ。

やがて。

つい拝みたくなるほどの。
巨大な楠木のある細い道に入れば。
いつもの見慣れた我が家に続く道が見えてくる。