アルク~雨あがりの空の下をあるく
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朝から寒々しく外は小雨模様。
火の気のない我が家には非常に厳しい状況。
jumper2枚着こんでパソコンの前。

我が家のパソコンは玄関にある。

すなわち玄関(タタミ2畳ぶん?)は。
書斎であり且つ食卓であり。
時には応接間にさえなる(無理?w)。

もちろん部屋と呼ぶべきものはある。
キッチンと6畳・8畳のフロア。
おまけに2畳ほどの屋根裏部屋まである。

ひとり住まいには勿体ないスペースだ。
なのに何が哀しくて。
玄関などでパソコンを触っているのか?

これには諸事情があり。
一言では言いきれないのだが(なので言わないw)
結局。狭い所が好きなのかもしれない。
(猫と子供は狭い所に潜りたがるものだw)

昼を過ぎて雨音が止む。
明るい光が玄関の窓ガラス越しに射してくる。
パソコン作業も飽きたし。

とりあえずjumper1枚を脱ぎ。
手袋を付け外に出てみる。
あ。手袋の指先に穴が空いている(涙
(なので皮手袋用意)

やぁ~!

我が家の中より。
外の方が暖かいじゃないか!!@@;
(・・・って。我が家って何?)

温かい日差しが頬を撫でる。

我が家の前の細い道を抜け。
単線の踏切を渡ると。
左手に小さな畑が見えてくる。

シャキッとした大根の青い葉っぱ。
黄色い花を付けた南瓜。
仰ぎ見るように背の高い皇帝ダリアの花。
(中心は黄色で廻りの花びらは藤色だ)

坂道をあがる。

やがて広い空き地が左手に見えてくる。
するとどうだ。
水色の空に太陽が眩しく照りつけ。

太陽を中心にして。
羊雲がまるでパノラマ写真のように。
左右に広がっている。

「元始、女性は太陽であった」

聞きかじりの言葉が脳裏をかすめる。
太陽を見つめる。
無論ずっと見続けられるわけもなく。

すぐに目を閉じる。

すると瞼の裏に。
透明なエメラルド色の斑模様が見える。
その微かな美しさ。

水色の空を見上げると。
三つ四つの薄い紫色の斑点がちらつく。
それは視覚と光の戯れのせい。

左に足を向け細い道へ入る。

ツタの絡まる楠の巨木が目の前に現れる。
太い根は斜面の赤土をあらん限りの力で鷲掴み。
金輪際離すものかと緊張を走らせている。

沈黙の巨木。

だが内面は恐ろしいほどの執念で。
激しい生命を燃やしているに違いない。
そうでなければ。

ここまで自らを育てることはできなかっただろう。

緩やかな道を下れば。
黄色い実を生らせた蜜柑の木が見えてくる。
そこはもう。

我が家へ繋がる見慣れた道。






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びわ雑炊・Artversion・補~人
人



サイズ・1m×80cm
コラージュ・材料
Tシャツ(紫色)・針金ハンガー・押しピン
針金・マスキングテープ・蚊取り線香
ガンタッカ―(針)・英語版聖書・ジェッソ(白)

およそ20年前の作品(ええ。たぶんw)
この頃。コラージュに関心を持っていて。
切ったり貼ったりばかりしていた。

コラージュは手書きでは出せない味があって。
今でも好きな制作方法だ。
一応自分なりに基準を持って制作しており。

その基になっているのが「線」だ。

むかしから「線」に関しては様々な方法で描いてきたが。
これに使われているのは服のシワ・針金等の「立体的な線」
それを意識しながら全体を構成している。

むかしの作品だけれども何故か気になる作品。

顔はどちらかと言えば無表情で。
無機的な要素を多く含んでおり。
何事かを語ろうとしているわけではない。

ただそこにいる。

それだけにいろんな妄想が浮かんできて。
今見ても飽きることがない。
(ま~作品の出来は別としてw)

それにしても。
「紫色のTシャツ」を持っていたなんて。
ずいぶん若かったんだねぇw


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この作品にしてもそうだが。
当時は「線」のことばかりを考えていた。
「線」とは何か?などという禅問答のようなことを。
グルグル・繰り返し繰り返し考えていた。

ここで使用した「立体的な線」も。
その中から考え導き出されたものだ。
そもそも「立体的な線」を使おうと思ったのは。
「絵」とは何か?という疑問から始まっている。

その疑問の始まりは「目の見えない人」たちにとって。
「絵」という存在は何であるか?というものだった。

世の中に名作・傑作数々あれど。
「目の見えない人」たちにとって。
それらは如何ほどの価値があるというのか?
空気を見ることと同じ意味しかないではないか?

しかしもし手に触れることが出来る「線」があれば?
少しでも実感として受け止めてもらえるかもしれない。
そんなふうに考えたのだ(ひとつの手段として)

当時。知人にその件について話したら。
「それは何か・どこか違うんじゃない?・別次元の話じゃ?・・・」
などと知人は感想をもらした。

まぁ。確かにそう。

でも当時はそう考えたのだ。
そういった考えを通して生まれた「立体的な線」
類似した作品はその後も作り続け。
今でも大事に保管している。

置き場所ねぇ~ぞ!なんて思いながらw