マッカーサーの証言
東京裁判から3年後。1951年5月3日。GHQ最高司令官ダグラス・マッカーサーは、アメリカ上院軍事外交合同委員会である証言をした。

「日本の皆さん。先の大戦はアメリカが悪かったのです。日本は何も悪くありません。日本は自衛戦争をしたのです。イギリスのチャーチルに頼まれて、対ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込んだのです。

アメリカは日本を戦争に誘い込むためにイジメにイジメ抜きました。そして最後通告としてハル・ノートを突き付けました。中国大陸から出て行けだの、石油を輸出させないなど、アメリカに何の権利があったというのでしょう。当時、アジアのほとんどの国が白人の植民地でした。白人はよくて日本人は許さなかったのです。

ハル・ノートのことは私もアメリカの国民も知りませんでした。あんな物を突き付けられたら、どんな小さな国でも戦争に立ち上がるでしょう。戦争になれば圧倒的な武力でアメリカが勝つことは戦う前から分かっていました。
 
我々は戦後、日本が二度と白人支配の脅威とならないよう周到な計画を立てました。アメリカは知っていたのです。国を弱体化する一番の方法は、その国から自信と誇りを奪い、歴史を捏造することだと。戦後アメリカはそれを忠実に実行していきました。
 
まず日本の指導者は間違った軍国主義をとって、アジアを侵略していったと嘘の宣伝工作をしました。日本がアジアを白人の植民地から解放しようとしたという本当の理由を隠すため、大東和戦争という名称を禁止し、代わりに太平洋戦争という名称を使わせました。東京裁判はお芝居だったのです。アメリカが作った憲法を日本に押し付け、戦争ができない国にしました。
 
公職追放をしてまともな日本人を追い払い、代わりに反日的な左翼分子を大学などの要職にばらまきました。その教え子たちが今マスコミ・政界などで、反日活動をしているのです。徹底的に検閲を行い、アメリカにとって都合の悪い情報を、日本国民に知らせないようにしました。ラジオ・テレビを使って戦前の日本は悪い国だった、戦争に負けて良かったのだと、日本国民を騙しました。
 
これらの政策が功を奏し、今に至るまで独立国として自立できない状態が続いているのです。私は反省しています。自虐史観を持つべきは日本ではなくアメリカなのです。戦争終結に不必要な原子爆弾を二つも使って何十万人という民間人を虐殺しました。最後に私が生きているうちに証言を記し、謝罪の言葉としたいと思います」



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マッカーサーの証言は、戦勝国である立場にも関わらず「謝罪」という言葉を使ったことに意義があると思います。それは最高司令官として、敵味方相互に多くの犠牲者を出してしまったということでの、贖罪の気持ちから出た言葉だったかもしれません。彼も人間ですから、戦争に対し様々な苦悩・複雑な想いを持っていたのは確かでしょう。自分はこの証言を読んで救われたような気持ちになりました。もちろん戦争における日本にも「大義名分」があり、どうしても避けられない起こるべきして起きた戦争だったことは知っていました。それでも敵将であったマッカーサーその人から、改めて「ごめんね、日本」と言われたように感じ、日本人の一人として嬉しく思ったのです。



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アルク~夕暮れ前
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空を仰げば。5時半というのに。
空はまだしっかりと。
かっとした明るさを残している。

家からすぐの小路に入る。
民家の塀から。
八朔の青い実が顔を覗かしている。

それは小さくて。
果実というのにはまだ程遠く。
豆のような大きさだ。

小路を過ぎれば。

踏切のない単線の鉄道があり。
その周囲には透明なセルロイドのように。
透けた黄色い花々が咲いている。

宵待ち草。

♪待てど暮らせど来ぬ人の
   宵待ち草のやるせなさ
     今宵は月も出ぬそうな

夢二の詠った歌詞を思い浮かべ。
傍によって。
可憐な黄色い花を見る。

花は犯し難い「凛」とした風情があり。
潔癖で清々しい姿には儚いけれども。
それ故の命の尊さが見えるよう。

線路を渡れば田んぼが見える。
すでに水が張られ。
小さな苗が植えられている。

そよ風が水面を撫でる。

すると水面は小刻みに震え。
まるで生きモノのように。
小さなさざ波のリズムを刻む。

そこを過ぎる。

左に背の高いプラタナスの木が見える。
葉っぱは風に揺れ。
騒々しいお喋りをしているようだ。

そうして市道に出れば。

仕事を終えたクルマの列が見える。
それを横に見ながら。
ズボンのポケットに手を入れて淡々と歩く。

遠方に広い水田が見えてくる。

青々とした稲穂が育つ風景を想像しながら。
水田の向こうにあるはずの。
黄色い菖蒲が咲いているであろう小さな池に思いを馳せる。

そこを訪ねようかと思ったけれど。
(ああ。そこは静寂で。ほっとするような池なのだ)
意に反して左の道に入り。

踏切を渡る。

そうすれば。
いつもの見慣れた我が家へ続く小路に入り。
わずか15分の散歩を終える。