アルク~お使いは自転車に乗って
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日曜日の午後。
20年来の友である自転車に乗って。
買い出しに出発。

秋の陽射しが眩しい街を走る。

着いたところは。
何でもありの。
ディスカウントストアで。

スーパーに比べ。
何故か怪しい雰囲気がして。
そこが好きw

必需品の麺類を~そして。
たんぱく源の卵を買う。
整腸剤として。
ブルガリア・ヨーグルトを1本追加。

レジに向かって歩いていると。

冷凍食品コーナーの前で。
呼び止める声。
肉感的で魅力のある声だ。

「買ってください。
 わたし・きっとお役に立ちますから^-^」

????@@;

声の主を見れば。
透明の袋に入った四角い顔・霜焼けた肌。
サイコロステーキ。

「でもね。今日は自転車だし。
 意外と外は暑いし。
 あんたみたいな冷凍モノ。
 痛むんじゃないの?」

「いいえ。わたしって意外と強い子なんです^-^」

きっぱりとした口調が清々しい。

傍にいたフライドポテトが。
サイコロステーキに目で合図し。
オレに向かって言う。

「サイコロステーキ。
 フライドポテト。
 二つ取り合わせで食べると。
 美味しさ倍増ですよぅ^-^」

ううう・・・・@@;

と言うわけで。
冷凍食品如きに脆くも説得され。
カゴに入れる。

二つの袋に。
冷凍食品と他の食品を分けて入れ。
店を出て。
自転車のハンドルに引っ掛ける。
(カゴなんて付いていないのだ)

両サイドに。
ぶら下がる袋は案外重く。
フラフラして。
とても乗れたものではない。
(やっぱりねぇ~@@;)

だから。
テクテク歩くことにする。
けっこう暑い。
汗ばんでくる。

クルマの少ない路地裏を通る。

すると。
小さな空き地(草茫々)で。
親子のキャッチボール。

男の子は小学3年生ぐらい。
半ズボン・茶色のTシャツ。
日に焼けた顔・細い手足。

細い体を捻じ曲げて。
投げ方を意識しながら。
丁寧にボールを放る。

ボールを受ける父親も。
半ズボン・灰色のTシャツ姿。
顔に笑いはない。

パァン・・・パァン・・・

乾いた音が耳に心地よい。

互いに声を出さず。
表情を変えず。
一投一投を味わうように繰り返す。

近頃は空き地で。
親子のキャッチボールを見ない。
そんな時代になった。

だからついつい。
懐かしさで親子に見入ってしまう。
(怪しい奴ではないです@@;)

空き地の傍には。
やさしい母親のような。
紅白のコスモスが。
ゆるやかに揺れている。

ぶらりぶらり。
ふらりふらり。

ハンドルに下がる袋を。
柱時計の振り子のようにさせながら。
まだまだ先の我が家に。

オレは向かって歩く。




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びわ雑炊・補~折り鶴
折鶴
折り鶴・1980・waravino



折り紙は鶴しか折れない。

そもそも折り紙に。
興味がないから。
他は覚えなかった。

いや意識して。
覚えようとした時期もある。
ひと昔前。
とあるディサービスに居た頃の話だ。

折り紙は脳を刺激する。

認識力・記憶力・集中力などが。
必要とされるからで。
お年寄りにとっては手慰みにもなる。

そこで覚えたのは。
小さな篭のようなもので。
テーブルの上に置いて。
屑入れとして使うもの。

飾るだけでなく。
使える折紙というわけだ。

簡単なものだから。
コツさえ掴めば誰でも。
すぐに覚えられる。

だがオレは哀しいことに。
いくら覚えても少し間が空くと。
折り方を忘れてしまうのだ(汗

記憶力の低下?@@;

いや。もちろん。
それはあっただろうが(汗
この折り紙には。
間違い易いポイントが2ヶ所ほどあり。
そこを見逃してしまうのだ。

折りながら。
いつも後で間違いに気付き。
あ。いけないこうじゃないと。
折り直す按配だった。

だから。
ディサービスに居る間は。
忘れないように。
毎日少しづつ折っていた。
(今は完璧に忘れているw)

そんな忘れっぽい自分だが。
折り鶴だけは忘れない。

毎日折っているわけでもないし。
覚えていなければ困る。
といった事でもないから。
いい加減忘れていいはずだ。

なのに自転車の。
乗り方を忘れないのと同じように。
いつまでも覚えている。

こういうことを馬鹿のひとつ憶え?
と言うのかもしれない(汗

さて。

折り鶴は他の折り紙と違って。
なんだか謎めいたところがあるように思う。

「これは鶴です」と言われると確かに。
「そうですね」と言わざるを負えないが。
正直に言うと鶴に見えない。

鶴に尖がった尾っぽはないからだ。

鶴らしく見せようとすれば。
もっと違った表現があっていいはずで。
だから折り鶴はどこか。
別の物といった気がするのだ。

しかし折り鶴を目にすると。
そんな疑問・文句など。
すぐに霧散霧消してしまう。
何故なら。

折り鶴は美しい。

仮に本物の鶴に見えなくても。
優れた造形美を持っているから。
無言の説得力があるのだ。

折り鶴は日本人の感性が。
長い時間をかけて。
育んできた美の結晶のひとつだろう。





閑話休題~上を向いて歩こう
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声を聞く人~waravino



「上を向いて歩こう」

作詞・永 六輔
作曲・中村八大


上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
思い出す春の日一人ぽっちの夜

上を向いて歩こう
にじんだ星を数えて
思い出す夏の日一人ぽっちの夜

幸せは雲の上に
幸せは雲の上に

上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
泣きながら歩く一人ぽっちの夜

思い出す秋の日一人ぽっちの夜

悲しみは星のかげに
悲しみは月のかげに

上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
泣きながら歩く一人ぽっちの夜

一人ぽっちの夜
一人ぽっちの夜




誰にだって。
人生最低の日は必ずやって来る。

それでも下を向かず。
涙がこぼれないように。
上を向く。

なんとも格好いいじゃないか。

それを痩せ我慢とも言うが。
上を向いていなければ。
希望の星も見えて来ないだろう。



アルク~秋の忍び足が聞こえる朝に
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朝7時を歩く。

家の前の。
細い路地裏を抜けると。
単線の鉄道がある。

その向こうには。
黄金色になり始めた田んぼがあり。
穏やかな風が吹いて。
稲穂たちは。
機嫌良く揺れている。

鉄道を越える。

畦道を歩くと。
田んぼに従うようにして。
小さな畑がある。
植えられているのは。
ナスとキュウリ。

ナスは細く。
栄養不足のバナナのような形状で。
4~5本ばかり。
弱弱しく生っている。

それとは逆に。

キュウリは見事に肥ており。
懸垂のできない健康優良児のように。
ダラリとブラ下っている。
(先生!できませ~んT-T 先生・苦笑)

しばらく歩けば。
小さな工場がある。

玄関に花壇が拵えてあって。
セルロイドに似たピンク・白・黄色の。
松葉牡丹の花が。
零れるように咲いている。

その前を。
二人の作業服を着た従業員が。
談笑しながら。
工場の中へ入って行く。

市道へ出て。舗道を歩く。

街路樹の銀杏が。
黄色い実を落としている。
しかし。
実の殆どは踏み潰され。
痛々しい姿。

ピ~ポ~
ピ~ポ~

銀杏殺人事件発生中~!発生中~!@@;

生き証人の実がひとつ。
ころりと。
戸惑うように転がっている。
(犯人は複数です。特定できませんT-T)

しばらく舗道を歩き。
やがて左に折れ。
貯水池のある細い道へ入る。

貯水池の水面に繁っていた葦は。
もうずいぶん枯れてしまい。
夏まつりの後の。
閑散とした広場のようだ。
(お~い!後片付けを忘れてるよ~!)

ここにも穏やかな風が吹いている。

そこを抜けると。
雑草の繁る空き地があって。
朝顔に似た花が群生している。
(何と言う名前だろう?)

朝顔と同じつる性で。
花の色は白・薄紫。
花びらは小さく葉は丸い。

これを人に例えれば。
小柄だが。
筋骨逞しい美少女。

チャキチャキとした明るい性格で。
少し世間擦れをしているのが玉に傷。
と言ったところか?
(髪はショートカットでいいだろう)

ついでに。
比較した朝顔はどうかと言えば。
(誰も聞いていない)

平安朝のお姫さま。

朝露だけを飲んで生きているような。
儚い存在。白く細いうなじ。
(きゅい~~ん!)

性格は鷹揚で。
短い生涯だと知りながら。
それを顕わにせず。
和歌などを読んでいる。
(もちろん病弱である)

などと。
脳内で果てしない妄想を。
繰り返すうちに。

オレは見慣れた道へ戻っている。




滅びの美学~西郷のいた夏
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錦絵・西郷隆盛


ある年の夏。

鹿児島・桜島を訪ねた。
特に理由があっての旅ではなかった。
桜島へ渡ると。そこは同じ鹿児島市内と違い。
まったく別の世界だった。

町の至る所に火山灰が積もり。
屋根瓦やクルマは灰色で。
水のない川の底は月のクレーターを見るようだった。

大袈裟に言えば空気や人の顔さえ灰色に見えた。
住人の肺は灰だらけではないのか?
などと大いに疑問に思ったものだ。

さて。その桜島を幼い頃から見て育ったのが西郷隆盛だ。
彼は低い身分から紆余曲折を経て維新の大立者に成長するが。
やがて明治政府の反逆者となり鹿児島・城山にて自決する。

幕末の名のある者たちの多くは。
安寧とした死を迎えていない。
維新前の坂本竜馬は元より日本陸軍創設者の大村益次郎や。
初代首相・大久保利通などは暗殺されているし。
獄死・切腹した者は数え切れない。

彼らは新しい時代の日本。
その国体を固めるための人柱になったと言ってもいい。
だからそういう時代にあって。
西郷の死の在り方もけして不自然ではない。

ただ西郷の死はどこか他者の死と違う匂いがする。
諦念というか他に術がなかった・致し方なく。
とでも言っているように思えるのだ。
これは他のどんな人物にも感じられないところだ。

彼のいた薩摩藩は戦国時代から。
武勇に優れた藩主・人材を多く輩出し雄藩として名高く。
関ヶ原以後も幕府からは絶えず警戒される存在だった。

警戒されていたと言えば。
毛利元就時代に中国十ヶ国を支配していた山口の毛利藩も。
同じような立場だったろう。

聞けば毛利藩には年賀に行う恒例の儀式があったそうだ。
家来が「今年は如何なされますか?」と藩主に問うと。
藩主は「いや待て。まだ早い」と答えていたと言われる。

つまり毎年毎年。
天下取りの方はどうされますか?と尋ねていたわけだ。
形式のみとは言え。穏やかな儀式ではない。

何れにしろ毛利藩や薩摩藩には徳川を倒し。
天下を伺う気風が残っていたと考えていい。

それが現実になったのが幕末~明治維新であり。
明治政府は両藩が300年という時間をかけて。
天下を望んだ結果でもある。
(時代の変化で天下の形はまるで違ったが)

そんな薩摩藩だからこそというべきか。
明治政府が組織だった軍隊を持っていたのにも関わらず。
廃藩置県により鹿児島県となって以後も独自の軍隊を持ち。
まるで独立国家のような存在・立場を取っていた。

明治政府とすれば。これほど厄介な存在はなかっただろう。
幕府を倒した藩でありながら国内の脅威・火種でもあるからだ。

そんな中で政府の要人のひとりだった西郷が。
大久保利通・木戸孝允らと意見が対立し鹿児島に帰る。
西郷の下野はその後に起こる西南戦争の引き金のひとつにもなった。

明治十年に西南戦争は起きる。

事の発端は士族の子弟を中心とした私学校生徒の暴発からで。
九州において凡そ九ヶ月に渡り凄まじい攻防戦を繰り返した。
官軍・薩軍相方ともに6000人以上の犠牲者を出している。

しかし西郷にしても。
西南戦争に至る原因が暴動誘発を狙った政府にあった?とは言え。
維新を終えたばかりの国内で新たに戦を起こすなど考えていなかったはずだ。
(個人的に彼は元来好戦的な人でなく平和主義者と思っている)

同時に薩摩の剛毅な風土と誇りが士族たちに明治政府何するものぞ。
という気概を持たせていることも承知しており。
そんな士族たちを宥めることは同じ薩摩人として心情的にも容易ではなかっただろう。
言わば前にも後ろにも進めない板挟みの心境だったろうか?

それ故。かつての雄藩としての立場・名誉を守るためにも降伏せず。
自分たちを死に至らしめるしか事を収める方法がなかったのだと考える。
ここが西郷の死には他者と違って諦念があると思う由縁だ。

敬天愛人。

西郷の好んだ言葉だと聞いている。
礼儀正しく情の人だったと伝えられる彼らしい言葉で。
どこかキリスト教的な趣きがある。