アルクカメラ~昼月
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顔をあげると天空に月がある。
白い半月は夜に置いてけぼりを食わされて。
戸惑っているように見える。

大根の輪切りを切り損ねたような月。
台湾の空で亡くなった向田邦子が喩えたのは。
こんな薄ぼんやりした昼月だったのか。

昼に月を見つける都度。
彼女の絶妙な言い回しの見事さを思い出し。
心は懐かしい時間を訪ねている。


愛は花 君はその種 /ヤスミン・山下

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アルクカメラ~古い扉
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あるところに一対の古い扉がありました。

扉は昔とても酷い目にあったので。
以来すっかり世の中が怖くなり。じっと身構えて。
誰も中に入れようとしなかったのでした。

長い長い気の遠くなるような時間の中で。
赤錆びだらけになり。すっかり開かなくなっていたのですが。
扉はそのことに少しも気づいていませんでした。

誰も入れようとしませんでしたし。
通りすがりの人にさえ話をしてきませんでしたから。
それも仕方がないことだったのでしょう。

扉はもう扉であることを諦めてしまったのかもしれません。



冨田麗香 / 悲しくてやりきれない (ザ・フォーク・クルセダーズ cover)

アルクカメラ~ああ。絵がそこにある。
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例えばある風景を見て。
ああ。これは絵になるな。と思うようになったのは。
いつからだろう?

ホントに絵に目覚めたのが30歳中頃で。
もちろん。それまで絵は描いていたのだが。それは自分の絵じゃなかった。
誰かの真似。つまり他人の目線で絵を描いていた。

それがいろいろあって。ある日。絵がわかったと思える瞬間がやってきた。
どんなふうにしてとか。まったく説明できないのだけど。
頭の中の回線がうまく繋がるようになった。スムーズになったというべきか?

その時はとても嬉しかった。長年の悩みとしていたものが。
具体的に理解できるようになったから。
なにせ独学だ。そこに至るまでに途轍もなく長い時間がかかった。

もっとも今は絵を描かないので。この「回線」もあまり必要としていない。
必要としていないが。ソノモノを見た瞬間。思わず回線に電気が走る。
その電気が走った瞬間の映像が上記の写真だ。

考えればマニアックな話。こんな何気ない風景に電気が走るなんて。
いったい自分の目はイカレテイルンダろうか?
でも家の黒ずんだ様子といい。電線の位置といい。やっぱり電気が走るんだ。

「おかしな目の病気」を持ったものだ(お陰でどこにいても退屈しないw)



アルクカメラ~心の景色
景色




近郊に好きな景色がある。
硫酸瓶=「硫酸を入れる瓶」を積み上げた土地があって。
その上にバラックのような家が立ち並んでいる。

硫酸瓶を積み上げた箇所も好きだが。
簡素な作りの家々がまるで絵画のように並び。
これを見る都度に頭の中で「絵を描く作業」をしてしまう。

そうした時に。ああ。今でも絵を描くことを。
忘れていないんだな。と改めて認識する。

自分が生まれたところは熊本県天草市。
この写真には。そんな生まれ故郷を感じるから不思議だ。
何故そうなのか正体はわからないが。

この写真を撮ったのは春で青い草が美しい。
たぶん春の草々の眩しさに。
故郷の匂いを嗅いでいるからかもしれない。




アルクカメラ~犬の彫刻
犬の彫刻




市の中心部を流れるM川。
もう20年ほど昔になるだろうか?
洪水があった。

近辺は汚水だらけになってしまい。
市の職員は対応に相当苦労したらしい。
そんなこともあり。

M川周辺は土手を高くして小奇麗な公園を作った。
その公園の某所に犬の彫刻がある。
芝生からニュっと突き出したかのような犬の顔。

いったい作家の意図するものってなんだったのだろう?

未だにわからない正体不明の彫刻だ。
わが市は野外彫刻が相当数あるから誰も珍しがったりしない。
フツウの風景の一部として見ているだけ。

というかほとんど関心なしw

日頃は鳩の休憩所として使われており?
犬の頭の上で日向ぼっこする鳩が後を絶たない。
余程居心地がいいのだろう。