びわ雑炊・Artversion・補~人
人



サイズ・1m×80cm
コラージュ・材料
Tシャツ(紫色)・針金ハンガー・押しピン
針金・マスキングテープ・蚊取り線香
ガンタッカ―(針)・英語版聖書・ジェッソ(白)

およそ20年前の作品(ええ。たぶんw)
この頃。コラージュに関心を持っていて。
切ったり貼ったりばかりしていた。

コラージュは手書きでは出せない味があって。
今でも好きな制作方法だ。
一応自分なりに基準を持って制作しており。

その基になっているのが「線」だ。

むかしから「線」に関しては様々な方法で描いてきたが。
これに使われているのは服のシワ・針金等の「立体的な線」
それを意識しながら全体を構成している。

むかしの作品だけれども何故か気になる作品。

顔はどちらかと言えば無表情で。
無機的な要素を多く含んでおり。
何事かを語ろうとしているわけではない。

ただそこにいる。

それだけにいろんな妄想が浮かんできて。
今見ても飽きることがない。
(ま~作品の出来は別としてw)

それにしても。
「紫色のTシャツ」を持っていたなんて。
ずいぶん若かったんだねぇw


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この作品にしてもそうだが。
当時は「線」のことばかりを考えていた。
「線」とは何か?などという禅問答のようなことを。
グルグル・繰り返し繰り返し考えていた。

ここで使用した「立体的な線」も。
その中から考え導き出されたものだ。
そもそも「立体的な線」を使おうと思ったのは。
「絵」とは何か?という疑問から始まっている。

その疑問の始まりは「目の見えない人」たちにとって。
「絵」という存在は何であるか?というものだった。

世の中に名作・傑作数々あれど。
「目の見えない人」たちにとって。
それらは如何ほどの価値があるというのか?
空気を見ることと同じ意味しかないではないか?

しかしもし手に触れることが出来る「線」があれば?
少しでも実感として受け止めてもらえるかもしれない。
そんなふうに考えたのだ(ひとつの手段として)

当時。知人にその件について話したら。
「それは何か・どこか違うんじゃない?・別次元の話じゃ?・・・」
などと知人は感想をもらした。

まぁ。確かにそう。

でも当時はそう考えたのだ。
そういった考えを通して生まれた「立体的な線」
類似した作品はその後も作り続け。
今でも大事に保管している。

置き場所ねぇ~ぞ!なんて思いながらw




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びわ雑炊・Artversion・補~クリスマスの夜に
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思い出館にある黒板に。
先だって暇潰しに描いたラクガキ。
思いっきり下手で申し訳ない。
クリスマスが終わったら消す予定w

個人の思い出を描いた「びわ雑炊」に。
これを載せるのもどうかと思うが。
実はこれ。漫画風イラストとして。
30年前に作ったキャラクター。
(びわ雑炊の造語創作もこの頃)

クリスマスイブ。
雪の街に。
佇む客寄せのサンタクロース。

皮肉なことに。
サンタになっている彼には。
夢も希望も金もない。

猫は本物のサンタクロースだと。
思ってくれているようだけれど。
残念ながら。
偽サンタはプレゼントを持っていない。

ねぇ。猫。サンタクロースは。
いったいどこにいるんだろうか?(涙

そんな冬物語。

学校の黒板にこんなものを描いたら。
たぶん先生に見つかって。
こっぴどく叱られるに違いないw

でも黒板にチョークで書くのって。
なんだか楽しい。
黒板消しがいつも目の下にあって。
「あなたの失敗は。いつでも消してあげますよ」
と言っているよう。
そんな「いい加減さ・ゆるさ」が好きだw




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題名は「郵便ポスト」
パソコンで描いたほぼ唯一つの作品。

マウスで線を引くのは大変。
ペンで描けるお絵描きソフトもあったけれど。
どうせすぐ飽きるだろうと思って買わず。
「ペインタークラシック」とかいうソフトで。
マウス操作だけで描いたw

パソコンでは。
自分のお話の挿絵を作ったぐらいで。
ほとんど描いていない。

これは「某絵手紙コンクール」で。
金5萬圓也を頂戴したこともあって。
ちょっと思い出に残る。
童話作りをしていた頃だから。
これも10年前ということになる。




さて。びわ雑炊・Artversion①~⑩及び補。
これですべて終了です。
長々と。ご覧頂きありがとうございます。

未掲載の作品はまだありますが。
それらは。あってもなくてもよいものばかりです。

最後に母の形見であるボタンと針を使った作品があり。
それを掲載して終わろうと思いましたが。
作品としては意味のないもので。これは省略することにしました。




1年の春1000年の冬。
いつもご訪問くださりありがとうございます。

去年もそうだったのですが。
これから冬休みに突入します。
家が寒いので南へ・・・
ってことではありませんw

1月1日に記事は更新しますが。
定期的な掲載は未定になります。

ブログへの訪問は。
今までのように変わらずさせていただきます。
皆様。良い年を迎えられてくださいね^^)/



びわ雑炊・ArtVersion・補~闇夜から持ち出したもの(シュール系)
びわ雑炊・Artversion・補は。
①~⑩の補足として掲載します。




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運動会・油彩SM・剥落・汚れあり


写真がお粗末で申し訳ない(汗
20代後半。
もっとも古い油彩のひとつ。

「逃げるもやし」「悲観花」「歌うラディッシュ」
などと共に(・・誰も知らないってw)
俗に言う「シュールな」部分が全面に出ている作品。

「まんが系」にあったような。
少年少女の「愛らしさ」からは。
程遠い世界に見える。

オレの本質の中には。
こういった要素が昔からあって。
まったく変わっていない。
だから可愛い「まんが系」も実は。
こういった作品と繋がっている。

内容そのものに深い意味はない。





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流れ星銀次郎氏の忙しい朝
45cm×90cm 
新聞・アクリル絵の具・色鉛筆



写真が歪んでいる。申し訳ない(汗
30代前半。同じくシュール系の作品だが。
精神的に充実している時期で。
どこか元気の良さが伺える。
流れ星はこの頃から好きだったw





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待つ女・A3クロッキー用紙・コンテ


40代半ば。同じくシュール系。

紙のシワから。
imageを膨らませて描いた一連の作品のひとつ。
これと同じような作風で。
クロッキー用紙に描いたのは10枚。

10枚目は。
「描いてはいけない絵」を描いた気がして。
破り捨てた。

捨てる前に。確認する意味で。
日にちを開けて再度見たが。
やはり勘違いではなかった。

確かにそこには。
「精神に病が生じる前兆」があった。
以来「怖くて」
同じ描き方はできなくなった。

いろんな事で精神的に追いつめられていた頃で。
かなり病んでいたのは事実。
「無意識が暴れ出した経験」を持ったのも。
この時期だ。

いかに創作するにおいて。
精神作用が大事なのかがわかる。
人よ。健全であれ!w




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彼の天使・油彩F50 


40代半ば。同じくシュール系。
ほぼ末期作品。

認知症を持たれる方を。
意識して描いたような気がするが。
どうも判然としない。

こんなに大きく描く必要はないのに。
何を考えていたのだろう。
作品は薄塗りであり。さらっと。
描いただけのもの。





今回はびわ雑炊・ArtVersionの中でも。
「扱いづらい作品」だけを掲載した。
「扱いづらい」という感覚は。
作品を見ていただければ。
なんとなくご理解いただけると思う。

upする必要があるかどうか。
迷ったが。
掲載するに至った理由は。

これらの作品は。
「アルク」「スケッチ」における「オレの妄想」と同質であり。
これらを除いてしまっては。
あまりにも「片手落ち」になってしまうと思ったから。

びわ雑炊・ArtVersion・補。
年末まで。
あと1回アップする予定です。



びわ雑炊・Artversion・補~命・星・光
びわ雑炊・Artversion・補は。
①~⑩の補足として掲載します。




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クリスマスツリー・油彩F3

40代半ば。
まんが系の末期作品(未完)

クリスマスツリーは。
地球のように。
いろんな命の宿る木。

その命たちに幸あれと祈るのが。
クリスマスで。
ツリーの装飾は命の象徴だ。

というのが。
クリスマスツリーのwaravino的解釈。





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星集め・油彩F3


40代半ば。
まんが系の末期作品。

10年以上前だったかの。
ペルセウス座流星群は。
素晴らしい天体ショーだったと聞く。

あの夜。

大流星雨の可能性があると。
ラジオで聞き。
楽しみにして起きていた。
一睡もしなかった。

なのに見損なった。

パソコンに夢中で。
すっかり忘れていたのだ・・・orz

気づいたのが。
午前6時頃だったか。
これはしまったと思って。
外に出てみたら。

明るい東の空に「ほうき星」が走った。
まるで火柱のような。
それはそれは大きな流れ星だった。

まったく見なかったよりマシだが。

大流星雨を見るはずが。
一個だけと言うのは未だに口惜しい。





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光の輪・油彩F3


40代半ば。
まんが系の末期作品(未完)


肉体は預かっているだけのものであり。
自分のものでありながら自分のものではない。
いつかはお返しするものだ。










びわ雑炊・Artversion・補~にじみ・よごれ・ぐうぜん
びわ雑炊・Artversion・補は。
①~⑩の補足として掲載します。



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魚の骨~透明水彩・水彩色鉛筆・アルシュ紙
30cm×40cm



30代前半。
「らくがき系」の初期作品。

絵とは何か?線とは何か?を。
ない頭で考えながら描いた。

アルシュ紙というごわごわした厚手の紙に。
水彩絵の具を薄く塗り下地を作り。
まだ乾かないうちに水彩色鉛筆で線を入れた。

偶然に出来た滲みから発想を得ている。

こういう描き方をしたのは。
これが初めてであり。
そういう面で言えば。記念すべき作品?




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声を聞く人~透明水彩・水彩色鉛筆・キャンバスペーパー
35cm×54cm


この作品の線は。
表面にカッターナイフで傷を付け。
絵の具を染み込ませることで。
できたものだ。

上の作品と同様。
一発で仕上げた作品。

「声を聞く人」の「声」は。
音としての声ではなく内なる声。

「パウル・クレーの」
絵のようになっているのは。
クレーファンだからw

クレーの作品は。
ユーモアを感じさせるものが多い。
全体的に愛嬌がある感じ。

モーツァルトにもそういうところがある。
「魔笛」における鳥刺し男。
パパ~パパ~パパ~ゲ~ノ♪は極端だけれど。
そういう性質を持っている。

と。同時に。
同じぐらいの哀しみを抱えている。

モーツァルトにしても。
クレーにしても。
ユーモアと哀しみが。
同一の作品の中に混在している。
そう感じる。

楽しいと哀しい。
明と暗。
実は同根ではないか?



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土くれ~透明水彩・水彩色鉛筆・キャンバスペーパー
20cm×30cm



にじみや汚れは。
時として美しく感じる。

空気中に漂よう埃さえ。
光が当たれば。
キラキラ輝いて美しい。

美しいものは。
探さなくても至る所にあって。
それこそ。
ゴミ箱の中にだってあるものだ。