古いメモ帖~淡い夢
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・淡い夢の後先は桜に埋もれて静かに眠る

・悔む想いの静かに燃えて心の爪をぎりと噛む

・ひとりであることの充実と不安を計りにかける

・かぼそい神経をむき出しに生きる切なさ辛さ

・もぅいいかぃまぁだだょ後何回繰り返すきみとぼく





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古いメモ帖~まぼろし夜曲
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・ギシギシ動き始めるゼンマイ仕掛けのまぼろし夜曲


・想い出は猫のあしおと林檎のかをり


・追いかけても追いかけても我は待ち人


・ソーダ水に人魚の姿を見た夏の夜


・飲めぬ酒を口にし眺める先の歪んだガラス


・きみと人生を歩めなかった25年目の春


・春に溶けゆく君さよなら白蛇のうねり


・爛れた皮膚の如き石榴おち妖しく放つ紅の光芒






古いメモ帖~岡本太郎/三岸節子/パブロ・ピカソの言葉
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花びら~A4・わら半紙・黒鉛筆/waravino




岡本太郎

「造形芸術とテーマ性を先鋭に引き離し、ギリギリのところで対決させ噛み合わせ、この矛盾的要素が猛烈な不協和音を発するようになって行きたい。相互の効果がともに殺されてしまう寸前、そしてその対決がもっとも緊張し、一瞬、あやしい魅惑的な光を放った瞬間を捉えるべきだと思うのです。つまり「対極主義」の技術です。それこそこの芸術における永遠の課題を乗越えるアヴァンギルドの方法だと信じます」

「私は絵画的手段によって訴えられるすべてのもの、たとえ文学性であろうと、ドラマ性、音楽性、彫刻性、その他あらゆる可能性を絵画に叩き込むべきだと考えます。非常に偏狭に神経質に、それらを切り捨ててしまうことによって、多くの抽象絵画作品が不明になり、すでに今日訴える力を失いつつあることは、その証拠なのです」

「抽象芸術も、テーマ主義的な写実主義も、ともに今日の芸術の課題に応え、新しい地平をうち開いたつもりでいながら、その視野の狭さが逆に芸術の広大な可能性を見失わせているとしか思えません。芸術という全人間的な営みを狭い理屈によって限定するぐらいグロテスクなことはないのです」



三岸節子

「優れた一枚のタブローは一人の画家が心血を注いだ人間の集体積である。画家が自らを雄弁に語るよりも、一枚のタブローによって心奥を語られるのを望む」

「思想として絵画の表面に生のままで出てくることは、まだまだ絵画が未熟なのです。あくまでも造形と色彩によって追求獲得すべきで、モティーフにテーマを取り扱ったから、絵画が優れているのではなく、テーマを通して作者の人間性に打たれるのです。テーマ自身に打たれるのではないのです。絵画の主人は造形と色彩、テーマは従なのです」



パブロ・ピカソ

「芸術が真実でないことは誰もが知っている。芸術は我々に真実を悟らせる嘘なのだ」


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このメモは30歳前半。絵画・芸術について。
様々な文献を読み漁っていた時期の「抜き書き」です。
芸術の根本・根源を追求したい!という今思えば実に青臭い考えを持って。
でも当時は無我夢中で。こうした画家・作家の言葉の中から。
自分なりの答え・自分の考え方を見つけ出そうとしておりました。
(若かったなぁ。懐かしいやら恥ずかしいやら^^;)

岡本太郎の言葉は少々古くさく時代が感じられますが。
言わんとすることはなんとなく伝わってきます。
また彼の情熱的な製作活動も相まって熱気のようなものが伝わってきます。

三岸節子は夭折した画家・三岸好太郎の妻であり。
自身も終生画家を生業にしていた人物です。
彼女の言葉は純粋に絵画の本質を突いたものだと思います。

パブロ・ピカソの言葉には虚を突いたところがあり。
ああ。そんなふうな見方もできるんだ!という新鮮な驚きがあります。
また一見ジョークのようにも感じられますが。
なかなかどうして天才ならではの含蓄のある言葉です。

彼ら芸術家の作風がそれぞれ違うように。
芸術に対する考え方・見方もまた百花繚乱です。
どれが正解とか間違いだとかはありません。

これら言葉の数々を目にして自分なりに答えを出したことがあります。
それは「高い志はやがて真実を見出す」ということです。
(ダラシナイ今のワタクシには我ながら耳の痛い言葉ですが!w)

ああ。古いメモ帖・・・断捨離できないなぁ。いつまでも捨てきれない。


※ここでいう「真実」は「普遍的」な意味合いを指しています。





古いメモ帖~プロフィールの言葉たち
火の蛾


・雑草に花を見つけて鋏が止まる

・「おはようございます」振り向けば幼い姉弟の走り行く

・眠い頭をザラリと撫でる

・戯言の積み重ねを人生という愚者あり

・生きるに値するモノいつしか消えて

・知らん顔の神様に手を合わせる

・潰れた蜻蛉の翅が揺れる風もないのに

・ほんの少し赤い無花果の青い甘酸っぱさ

・ゼットライトにとまる小さな虫を何気に潰す

・ぼくの苗字にきみの名を入れてみるある日ふと

・半年更新のないブログをまた訪れる元気ですか?

・あるくあるくあるく雨を呼ぶ風に吹かれて

・ぼくはぼくなりにぼくをみつめてきたんだよきみもそうだろう?

・電話の向こうから忘れていた姉の声がする

・ひとりという名の天国と地獄

・散骨したき海と空を眺むる

・主なき畑に彼岸花の咲く



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ワタクシの脳内は可笑しな働きをします。
出来の善し悪しは別として。お話だとか詩だとか。
急に書きたくなることがあるのです。

これをワタクシは「スイッチが入る」と呼んでいます。
そんな珍奇な現象が表れるのは。
かつて妄想のような絵を描いていた名残りなのかもしれません。

近頃では多少その傾向も減ってきたように思いますが。
まだ擦り切れるまでには至っていないようで。
ふ~っと風でも吹いて来るようにして浮かんできます。

そしていつものようにスイッチは切れてしまうのです。






古いメモ帖~奇妙な物語
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①駅

彼是1年。列車は駅に止まったまま動かない。後続の列車も来ない。この駅はどうなっているのだろう。駅長が箒を持ち。構内の掃除をしている。オレは駅長に尋ねる。この列車は「故郷行き」のハズですが。いつになったら動くんですか?オレは故郷に帰りたいんです。駅長は掃除を止め。驚いた様子で答える。あなた知らなかったんですか?列車は永遠に走りません。この駅は博物館になったんです。昔のまま残しているだけですよ。1年待った「オレの時間」は。その言葉とともに跡形もなく消え去った。




②家

その家は。ずっと主の帰りを待っていた。主にとって帰るべきところは。自分の家しかないのだから。必ず帰ってくると思っていた。ところがいっこうに帰ってこない。家の中はすっかり埃だらけになって。散らかり放題だ。家は寂しくて寂しくて仕方がない。心に穴がぽっかり空いたようだ。やがて何者かの手によって。家の玄関に紙が貼られた。紙には「売家」と書かれてあった。家はその意味を理解したが。秋風にパタパタと煽られる紙をくすぐったく感じ。可笑しくもないのに。ケラケラと笑うことしかできなかった。




③アイス

暑くて土埃のする坂道を上がる。道の脇に婆さんが白い頬被りをして。氷菓子を売っている。アイスをください。オレは婆さんに小銭を渡す。しかし婆さんはすぐに受け取らず。冷凍庫から一本取り出してこう言った。お代はいりません。でも「あたりくじ」が付いていたら。お代をいただきます。可笑しなことを言う婆さんだ。オレはくじ運がないからこれは得をしたとアイスを頬張った。食べ終えると棒の先に「あたり」の焼き印が見えた。婆さんは少し意地の悪そうな顔を見せ。毎度ありがとうございます。と改めて手を差し出した。





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奇妙な話~
取り立てて大事なmessageがあるとか。深い意味や大袈裟なテーマなどはありません。かつてシュールな絵画作品を描いていた時期がありますが。これらはその文章化されたものと言えます。誰でも経験があると思いますが。手持無沙汰の時に書くラクガキ。あれと一緒ですね。