再掲載・びわ雑炊~銀河鉄道の夜
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山口県と島根県の。
隣接した山間に津和野はある。
城下町として栄えたこの町は。
明治の文豪・森鴎外の生まれ故郷で有名だ。

ここでは蒸気機関車が今でも現役で走っている。
観光としての意味合いが強く。
吐き出す黒い煙は白い煙に代わっている。

汽笛の音は山間に木霊して驚くほど大きい。
山の緑と流れる白い煙。
その情景は何度見てもいいものだ。

幼い頃。家の裏に鉄道があった。
毎日蒸気機関車が。
黒い入道雲のような煙を吐いて。
力強く走っていた。
大型ダンプの排ガスなど比ではなかった。

宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」には。
当然のように機関車が出てくるのだが。
どういうImageの機関車だったのか?
この童話は何度も読み返しているが。
未だにはっきりしない。

頭の中では。
「銀河鉄道999」のような。
D-51みたいなImageにしているが。
本当のところはわからない。

ただ間違いないと思うのは。
宇宙空間でも黒い煙を出していたこと。
これは絶対に違いない。
あれはどうしてもないといけない。

何度も読み返していると言ったが。
最初の頃は機関車が。
宇宙空間に旅立つ有様が上手く掴めなかった。

ジョバンニが草むらに寝転がって。
ウトウトしていたら。
何時の間にか機関車に乗っているんだったか?

そして車掌さんから。
どこまでも行ける銀河鉄道の。
切符をもらうんだったか?

このウトウトしているジョバンニの。
書かれているところから。
汽車が宇宙空間に飛び上がるまでの間が。
自分の中では幻想的過ぎて。
いったいどうなのかImageし辛かった。

今ではなんとなく・・だろう?
みたいな感じで受け止めているが。
実際はわかっていない。

因みに物語のエピソードは。
鳥の足が氷ついて固まっているところを。
サクッと切り取り。
鳥を捕まえる話が気に入っている。
(実際に在り得そうな話だから)

そして。
それがお菓子になるってのも。
なんだかいい。

それと。

タイタニックの遭難事故を。
元にして書かれたと言われる話。
この遭難事故の話は。
亡くなった妹さんのことを。
偲んで書かれたように思うが。

「銀河鉄道の夜」そのものが。
妹さんへの「鎮魂歌」のような気もしている。

だからなんとなく。
この童話は賢治の他の童話と違って。
すごくプライベートな童話だと感じるのだが。
詮索し過ぎか?

宮沢賢治は博学の人で。
鉱石の研究をしていた。
「銀河鉄道の夜」のImageは。
どことなく。
その鉱石のような雰囲気がある。
ひんやりしているというか。

けして。冷たいというのではなくて。
青く澄んだひんやりとした世界だと感じる。

それは「銀河鉄道の夜」は。
死後の世界を描いたものでもあるから。
そうなってしまったのかもしれない。
(賢治のなかにある死後のImage)

あの中に出てくる機関車が。
死後の世界を垣間見る道具だとしたら。

黒い煙は絶対にあるべきだと書いたが。
賢治の中では。
ひょっとしたら黒い煙ではなく。

津和野にある機関車のように。
白い煙をキラキラ輝かせながら。
走っていたのかもしれない。



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2010年9月掲載。



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びわ雑炊・補~プロレスごっこ
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小学5~6年生だった頃。
当時は力道山の後を受けた「全日本プロレス」が盛んで。
馬場・猪木の黄金コンビが話題だった。

子供たちの間では当然のように。
「プロレスごっこ」が流行った。もちろん「レスリング」ではない。
あくまで「プロレス」だ。

ワタシと言えば頭は足らない・運動神経はない・体力はない。
ナイナイ尽くしで「プロレスごっこ」に参加することもなかった(相手にされなかったw)
しかし「寝技は得意だ」というまことに不思議な想いがあった。

実際。こうすれば・ああなる・こうなる。と映像としてわかるのだ。

そして。ある日。「プロレスごっこ」をすることになった。
もちろん「ごっこ」なのでケンカではない(暗黙の了解)
相手は背格好こそ似ているが如何にもヤンチャそうな顔をしている。

当然ながら相手は完全に舐めてかかる。
それは当たり前だろう。目の前の敵であるワタクシ。
脳は足らんし顔・体は女性のようにか弱い。

「オレがコイツに負けるわけがない」そう思うのは当然だ。

立ち技がどうだったかは忘れた。
ただ寝技に持ち込むことに成功。「これで勝てる」という決め技を使った。
足を絡めて両手で抑え込む。しばらく続ければKO必死・楽勝。
(完全に頭に描いた通りだ)

で。その時だ。天使が通り過ぎた。

「オレ・・・このまま勝っていいのかな?」
おぅ。まいが~!「勝ってしまうとコイツの立場がない」
そう思ってしまったのだ。

そして。抑え込む力を抜いた。

当然のように体勢はひっくり返ってしまい。
相手の逆転勝ちということになった。
「ふ~。もうちょっとでヤラレルところじゃった」

彼はハァハァしながらワタシを見据えた。

ワタシと言えば負けたことに対しまったく悔しくなく。
頭に描いていたことが実際に行えたという妙な満足感を覚えるばかり。
(オレ。やれるんだけどな~!)

今でも。ふと「なぜ。やっちまわなかったのか?」と自問する。
もし仮に勝っていたら廻りの見る目も違っただろう。
そして引っ込み思案の性格も変わっていたかもしれない。

けして心が優しかったわけではない。
「勝っても虚しいんだよね」
(小学生にして悟りを得る?)それも違うか。
気持ちが弱かっただけのような気がする。
(ただの面倒くさがりw)





びわ雑炊・補~おふくろの味・だご汁
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おふくろの味~だとか世間では言うんですが。
自分にはコレといったものがないんですよ。
母の作った料理すべてがおふくろの味なのね。

たとえそれが「チキンラーメン」だろうが「白菜漬け」だろうが。
とにかく何でもよくて。丸美屋ののりたま・桃屋の塩辛だって。
自分にはおふくろの味なわけですよ。

といいつも。母ならではの料理はありましてね。
熊本県・天草郡・鬼池村生まれの母は。
それを「だんご汁」ではなく「だご汁」と呼んでいました。

醤油味ベースで「メリケン粉のだんご」が入っていましてね。
鶏肉と牛蒡・人参などの根菜類が主に使ってありました。
多少の料理経験があれば容易に脳内で再現できる味ですね。

こちら山口県ではスーパーへ行けば。
「だんご汁」と銘打たれた「くまモン印」の商品が置いてあります。
ただし。だんごではなく麺タイプになっています。
(これは偽りではなくて麵タイプでもだんご汁と呼ぶのですw)

我が母は醬油ベースでしたが。
味噌ベースもあるんですよ。雑煮と同じですねw
あ。雑煮で思い出しました。

Mybest?雑煮がありましてね。

ベースは永谷園のお吸い物なんですけどねw
塩をふったクルマエビと輪切りした酢橘をアルミホイルでくるんで蒸し焼きにするんです。
それを焼き餅の入った吸い物に添えるんです(紅白の蒲鉾入り)

これが味はもちろん見た目も美しく忘れがたい雑煮になっております。
(クルマエビが懸賞で当たったので作ったんですよ)
おふくろの味ならぬ。オレの味ですね。アレはもう贅沢過ぎて再現できませんw

冒頭の写真はもちろんよそ様からの頂き物です。
たくさん画像があったのですけれど近いものがなくて。
かなり妥協しつつ例として掲載しております。

(だんごが平べったいのはアカンのですが。火の通りはいいでしょうw)





びわ雑炊・補~画材店主・F氏の想い出
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画材店Fに勤務することになったのは全くの偶然だった。
たまたま入り口に「店員募集」の張り紙があり。
それを見た自分が直ぐに「入っていいですか?」
と画材店主F氏に尋ね。「ああ。いいよ」との返事をもらった。
(面接もなくまったくいい加減な採用w)

それまである看板屋(社長は広告美術と言っていた)に勤めていたものの。
自分で言うのもなんだが。まったく使い物にならなかった。
絵心があるから大丈夫だと思っていたら。
文字書き(レタリング)と絵心とは余り関係がなかった。
少なくとも自分はそうだった。

それに細かい所に気が向かないから。
やることなすこと失敗だらけで。
「こりゃ間違った所に入ったな」とずっと思っていた。

そんな頃に画材店Fの店員募集の張り紙が目に入ったわけだ。

画材店の仕事は天職というか。実に楽しかった。
額縁作りも自分にあっていたし。画材販売も好きで。
このくらい自分に合っている仕事はないと思った。

そういう気持ちになれたのもF氏の存在があったからだ。
F氏は細かいことを気にしない豪放磊落な性格で。
自分のする失敗も咎めることなく。いつも暖かい目で見てくれた。

F氏は元々水産大学の出身だったが。縁があって。
画材店の婿養子となり後を継いだ人だ。
「婿養子はいいぞ。家付きカカア付きだ」なんて笑っていた。

酒が好きで画材店の全国フェアの際には。
いつも陽気に酒を飲み。
大きな声で知り合いを冷やかしつつ談笑していた。

飽きっぽい自分が長年勤めることができたのも。
F氏がいたからこそだ。そういう意味で実に感謝しているし。
自分の人生における恩人の一人であると思っている。

その後。ある理由があって退職を願い出た際。
「お。そうか」と何の理由も聞かず。また引き止めもせず。
こちらがびっくりするほど。あっさりと受け入れてくれた。

あとである人から「アレは絵描きじゃから」と言っていたという。
F氏は知っていたのだ。自分がフツウの画材店の店員ではなく。
「絵描き」がたまたま画材店の仕事をしていると。

だからF氏すれば自分が「絵描き」になるために。
退職を決意したのだと思ったに違いない。
それでいとも簡単に笑顔で了解してくれたのだ。
(もっとも当人は絵描きでないと承知していたのだがw)

F氏は仕事柄「絵描き」を数多く見てきている。
そんなF氏が「アレは絵描きじゃから」と認めてくれたのは。
勘違いであるにしても嬉しいことであった。

仕事を辞め。ずいぶん時が過ぎたある日のこと。
通院している大学病院で声をかけられた。「お。Wくんじゃないか」
にこにこ笑ったF氏がそこに立っていた。

「ガンになってなぁ。入院しちょった」と苦笑しながら。
大腸ガンで入院していたことを他人事のように話し。
抗がん剤で丸坊主になった頭をなでた。

その姿を見て。順調に回復されているんだなと思い。
こちらも「あ。自分もこうなりましたよ」と帽子をとり禿げ頭を見せた。
「帽子を被るといいですよ」なんて軽口を叩いたのも。
なるべく深刻な話にならないようにするためだった。

F氏が亡くなったと報告を受けたのが7月頃。
じっとり汗ばむ季節だった。その話を聞いた瞬間。
病院でのF氏の姿が浮かんだ。
死という現実から縁遠い人のように思っていた。
そのぐらい若々しい印象しかなかった。

葬儀が行われた日。

最後のお別れということで。棺に入ったF氏の顔を見た。
まるでミイラになったような顔。
その顔を見た時。ああ。見るんじゃなかったと悔やんだ。

自分にすればF氏はいつも若々しく。
陽気で冗談好きの顔しか頭になかったからで。
ギャップが激しすぎ。気が重くなったのだ。

息子さんが祭壇に立ちこう言われていた。

「父は仕事一途で。ガンになっても病院を抜け出して。
店に来て仕事をしていました(病院の近くに店がある)。
それで楽しいのかと聞いたら。仕事が趣味みたいなもんじゃから。
と言って笑っていました。父は死ぬまで現役でしたから。
とても幸せな人生だったと思います」





びわ雑炊・補~初恋の人
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つらつら椿・油彩F3・waravino


カテゴリー・びわ雑炊は基本的に終了している。
それでも。まだまだ思い出すことが多く(びわ雑炊は想い出話)。
それを補うつもりでびわ雑炊・補としている。

想い出はなるべく詳しく書くようにしている。
間違った記憶はあるかもしれないが。
強く印象に残ったものだけを書くようにしている。

ただ今回の初恋の相手だけは。かなり記憶に乏しいというか。
印象に残っていることが余りにも少ない。
中学生時代の頃だったにしても。もう少し覚えていたかった。

何せ初恋の人だ。今にして思えば残念でならない。

彼女の身体的特徴はと言えば。
大きな瞳とブルマからす~っと伸びた白い足。
それと八重歯とオカッパの髪。

この記憶は二階の窓から彼女を見た時のもので。
同じクラスだったにも関わらず。彼女と面と向かって口をきいたことはなく。
教室内での彼女の顔は思い出せない。

ああ。そうだ。記憶と言えば。

彼女はその後。三重県へ引っ越ししたのだが。
どういう経緯で住所を知ったか。
ラブレターらしきものを彼女へ送ったのだった。

返事は来たような。来なかったような。
なんとも曖昧な記憶しかなく。
自分の書いた文章すら定かに覚えていない。

好きだったんだぜ~・・・みたいな内容だったろうか。

何故。口をきいていなかったにも関わらず。
後になって手紙など出したのか?
おそらく二階の窓から見た彼女の姿が「余ほど鮮烈」に残っていたから?

それがいつまでも頭から離れずにいたため。
どうしても想いを知って欲しかったのかもしれない。
手紙は一度きりだった。これは確か。

文通に発展すれば。あるいは・・・
いやそれはない。元来。筆不精だ。
想いが伝わればそれで良かった。

今頃。どうしているだろう?
彼女も今やカンレキ。
孫に囲まれ幸せに暮らしていれば何よりだ。

二階から見た彼女の姿は一枚の写真のように。
心の奥深く刻まれている。
それがどんなにセピア色に変わろうとも。

好きだったことはいつまでも変わらない。