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絵の話~フランチェスカの雲
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キリストの洗礼



「ただの雲がデルラ・フランチェスカの雲に見えたことは
絵を描いてゐた私のしあはせでもあり唯一のなぐさめであつた」
(画家・香月泰男)

画家がソ連の抑留(拉致被害)中の想いを語った言葉である。
2年半に及ぶ強制労働を強いられた後に帰国。
この「原体験」を基に生涯のテーマ「シベリアシリーズ」を描く。

氏は「抑留中に受けたソ連の不条理な強制労働と。
敗戦へと導いた国の無能な主導者たちに対する憤怒」の旨を述べ。
言葉にならない鬱々たる気持ち・情念を作品として残した。

ワタシは氏の想いがどんなところにあったか知らない。
「シベリア抑留体験者」が身近にいて「舞台で芝居なんかやってたよ」など。
想い出としてアッケラカンと語る人物も知っていたからだ。

人それぞれ。想いは違う。表現も違う。

だから氏の絵画を目にする時「タダ感じる」ことにしていた。
あくまで作品として観て感じる。それを繰り返すだけ。
(個人の想いは大事だが絵画として見た時。それは従であり。
主体は絵画そのものとしてとして捉える立場だから)

山口県立美術館には多数の「シベリアシリーズ」があり。
「私の地球」と呼んだ地元・三隅町には「香月泰男美術館」がある。
(主に若い頃の油彩・デッサン・ブリキのおもちゃなどを陳列)
若い頃ずいぶん通い氏の「形の捉え方」を参考にした。
また縁あって氏の「りトグラフ」を所有していた時期もある。

さて。タイトルの「フランチャスカの雲」
冒頭の絵画。右斜め上に雲が見える。これが氏の見つけた雲である。
雲は元来。火・水・土などと同じく一定の形を持たない。

絶えず変化するものを具現化し象徴的に捉える。
フランチェスカはその雲を印象に残るものとして捉えた(少なくとも香月には)
葛飾北斎「富嶽三十六景・神奈川沖良裏」の波・速水御舟「炎舞」の炎。
2人の作品は従来の伝統に則った上でのものとは言え。
ワタシはフランチェスカの描いた雲と同様のものとして観てしまう。
(フランチェスカもまた伝統的技術ありき故の所産だったろう)

画家が遥か昔の画家に想いを馳せ。わずかな希望を見出す。その瞬間の喜び。


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画家・香月泰男は山口県・大津郡三隅町(長門市)の産である。
後日。東京美術学校(現・東京藝術大学)を出て。
下関市の女学校で美術教師の職を得る。
1942年出征・敗戦後シベリアなど2年半強制労働の後に帰国。

下関市の学校に復職・そして地元・三隅町の学校に赴く。
やがて画家として独立。画業に専念し全国的な人気を博す。
1974年没・享年63歳。奇しくも下記記事に掲載した画家とは同世代であり。
入れ替わるようにして亡くなった。

また香月泰男の息子2人は建築士になったが。
片や「遅いデヴューとなった画家」は働き盛りの一人息子を先に見送った。
山陰・山陽。黒々とした画面・明々とした画面。

ワタシから見れば誠に不思議な縁で結ばれた二人だった。






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びわ雑炊・補~昔語り
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ある夜。女の子から電話があった。
彼女が高校生の時。絵を描いているということで知り合った人で。
写真館の娘だった。参考に絵を見てくれとも言われた。
(絵を見てガッカリした覚えがある)

電話によると画廊と契約できそうなところまできているという。

まさかまさかの話で想像すらできないワタシ。
(才能ないように見えたし思えたし・Somethingを感じなかったしw)
まぁ。東京に出てどこかの画廊と知り合ったのだろう。

彼女は唯我独尊タイプで自意識の強い人だった。
ある高名な画家(故人)に高校生の時に誉められたのが災いして?
どうやら絵を描く自信・根拠になったらしい。

どんな人でも勘違いから出発することもある。
それが原動力になって成功することもある。
さて。彼女の場合。どんな将来が待っているだろうか。

これは昔語り。

彼女も今頃は結婚していい大人になっているだろう。
「子供」という素晴らしい作品を産み出したかもしれない。
誰だって可能性は否定できない。
内包された種が芽吹くこともあるからだ。

夢を追って生きていればいつか待っている未来のその果て。


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※この画家は戦前をパリで過ごし60代から花を咲かせた人物。
また山田洋次監督は敗戦後からの馴染みで度々お忍びで来ていた。
「画家」片岡鶴太郎氏が訪ねてきた際の話を人伝に聞いた。
「あれはゲテモノじゃのぅ」@@; 
(怪しいヤツ?・カラかい半分?・フォローし辛いw)

画家は作品を通してワタシの最も敬愛する油彩画家の一人である。
彼が描いた短冊を買ったこともある。
ワタシが短冊を買った目的はfan・投資という立場ではない。
自分の作品の横に置き「存在感」を比較対象するためだった。
(バカバカしいが。当時は真剣勝負の目で見ていた)

それ故に最も警戒していた人物である。
身近な存在であり影響を受けること・飲み込まれることを恐れたからだ。
(仕事柄会う機会もあり常に嫌味な態度とり続けた)
それは密かな目的達成の願いでもあった(念願成就)。
思えば実にケシカラン男だった。感謝・合掌。


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彼女の「君が代」
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ワタシは歌がヘタである。間違いなくヘタである。
音程は外すは・歌詞は覚えられないは・それはもう信じられないぐらい。
ほぼ音楽障がいではあるまいか?level。それほど酷い。

歌詞を覚えられない・音程外すのはしょうがない。だってできないんだから。

ただ「鶴の折り紙」と「君が代」は出来る。
折り紙の鶴はいつ覚えたのかわからない。でも忘れない不思議。
「君が代」は和歌だからそのリズムで覚えているのだと思う。

「君が代」はそもそも詠み人知らずの和歌である。
天皇の代がいつまでも繁栄して欲しいと願う歌である。
代々続けば民族の安定・繁栄に繋がるからである。

天皇の代は「日本国」より長い。
まず天皇ありて後の「日本国」がある。
2000年以上。
それは継続的に繰り返された事実である。

やがて武家社会になり軍事政権が800~900年続いても。
天皇は(形はどうあれ)畏敬の対象であった。
日本国を最終的に取り纏めるのは天皇の存在にある。

要は国の芯棒なのである。

さて、唯一。ワタシが歌える「君が代」。
その歌をこれこそ「君が代」と思える動画を見た。
当時18歳・女子高3年生。
第82回甲子園大会・春の大会での歌声である。

彼女の歌声は荘厳・神々しい響きがあった。
あの時。彼女には神が宿ったのであろう。
その後。成長した彼女の「君が代」を聞いたが。
甲子園時には及ばなかった。

国歌独唱/第82回選抜高校野球大会 「君が代」・野々村綾乃・高校3年生

君が代

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※彼女の姿を表現するのに「神が宿った」としたが。
  「八百万の神」・神前で。
  「巫女が歌(供物)を捧げる姿」が相応しいとも考えた。





スケッチ~川の畔にて
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この川をなんと呼ぶのか知らない。
とくにきれいとも思えない川なのに。
どこか落ち着く風情がある。

いつものように川の畔に腰をかける。

左に白い小さな橋が見える。
中年の男性が鯉達や鴨に向かって。
パン屑を投げている。

鴨は少々不器用なのか。
(鴨は片翼が悪く空を飛べない)
パン屑を手前に投げてもらっても。
鯉たちが素早く食べてしまい。
なかなか自分の口に入らない。

男性もそれと知って。
鴨のそばにコントロールして投げているが。
パン屑はじれったいほどに逸れていく。

その度に鴨は首を廻し。
足をバタつかせ身体を捻る。
真鯉がスッと近寄りパカっと飲み込む。
その繰り返しが続く。

じれったい時間が過ぎていく。

そう言えば。
春は鯉の稚魚が群れを作り泳いでいた。
今はあの美しい姿を見ることができない。

小さな川にも絶えず変化が起こり。
静々と今の姿を留めている。
川もまた生き物そのものなのだろう。


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アルクカメラ~ローバーミニ
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近隣の空き地にローバーミニ(初代ミニ)が10台ぐらい集められている。
小川の向こうに初代ミニのみ扱う会社があり。
ここには部品取りとしてのミニが集められ置いてあるのだろう。

毎日通る道すがらに置いてあるため。
嫌でも目にすることになる。
ミニのデザインは好み。できれば欲しい車種である。

手にする機会はあったものの。やはりネックになったのは積載性。
「絵画制作」をしていた時期が長かったせいもあり。
絵を運ぶという点で。とてもじゃないが不向きだったのだ。

それに「HONDAファン」でもあったし。これも縁というものだろう。


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ワタシは昔ながら「サンダーバード」のファンであるから。
ミニを1号と見立て。車種を変え5号まで揃えたい(想像のみ)。
え?@@;何の意味があるの?え~い。意味などない。

それが趣味というものだ!趣味に意味を求めるな!

プラモデルの「サンダーバード1~5号」を持っているが。
もちろん作ったりなどしない。ああ。作るものか。断固作らない。
作ってしまったら夢がなくなってしまうじゃないか!

趣味は夢の集積でもある。だからこそ。そっとしておきたいのだ!