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先生からの手紙
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パソコン修理中に考えた「出さなければいけない3通の手紙」のひとつ・T先生からの返事が届いた。ワタシの手紙はA4用紙に書いたもので・筆記用具は絵画用の6~7㎜あるような太い鉛筆。パソコンを使っても良かったが・プリンターを5年程使用しておらず・印刷できる自信がなかった。それに太い鉛筆で書く自分の文字を確認したい想いもあった。力も込めやすい。

ワタシの字は野放図だ(ただし・普段はミミズが這うような感じ^^;)
特に絵を描いていた時期は全体のバランスを考えつつ・メリハリを付け遊ぶように文字を書いた。もちろん若かったから・グィとした勢いのある文字が書けたし・それが出来た。今回は全くダメで・まともだったのは封筒の宛名書きぐらいだったろうか。

長く絵を描かないでいると・やはり線がまもとに引けない。

ワタシが送った内容は・個展の案内をもらいながら長くご無礼していること・また小4女児の痛ましい件について意見が伺いたかったためだ。ワタシは女児の件は完全に学校・教育委員会・児相側の責任だと思っている。父親から暴力を受けていると女児が無記名のアンケートだったのに・あえて名前を書きこんで文章で訴えているにも関わらず・なぜ守らない?なぜ・警察に相談しない?(そもそも以前から父親の行動をある程度把握しておきながら)これは急を要する暴力事件だったのだ。

しばらくして似たような事件があり・父親から暴力を受けていると・子供自ら電話で警察に通報し・父親は逮捕され・子供の命は守られたではないか。子殺しがニュースで取り上げられる昨今・子供たちのことを考えると・怒りが込み上げてくる。「親からの虐待」という言葉を使う・国会でもこの件で「虐待」として取り上げていた。虐待という言葉はもはや使うべきではない・暴行・暴力と呼ぶべきだ。

ワタシの手紙に対し先生は心が痛みますと記し・また貴君の想いもわかります・とあった。ワタシは名教師だった先生なら・どう対応されたかを伺ったつもりだったが・それはもはや・致し方ないことであり・先生も応じる言葉が見つからなかったのだろう。老いて・難聴になり・ようやく筆を持てることに感謝しているとの言葉があった。「文面から一生懸命生きておられる貴君を感じました」との言葉もあった。そして先生にとって「絵は命です」との言葉があった。

先生は若い時から苦労され・幼い兄弟たちの面倒を全て1人でみてこられた。そのために中学教諭ながら土曜日に「児童絵画教室」を開き・廻りから非難された経緯も知っている。(ワタシは仕事上20年近く・毎週土曜日に教室へ行き・先生の指導ぶりを見ていた)ワタシが初めて小さな画廊で個展を開いた時に・絵を買ってくださり・玄関に飾っておられた。

そしてこう言われた「ボクはね・実はあなたの描いた絵(手紙を読む男)を真似してるんだよ」確かにそうだったろう・人物の描き方が以前と違う・明らかに男を塊として捉えた独特のスタイルだ。(ただし・人物は全部黒塗り・そしてそれをたくさん描いて・独自の作品世界にされていた)ワタシは「線が見えた」からなぞっただけで・ダラリと垂れた白い手紙も描く前から見えていた。

でも・それはそれだけのことだったし・ワタシは先の先を急いでいたから・何とも思わなかった。

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「先生は絵は命です・と書かれた・その気持ちは良く理解できます。
そういう言葉しか思い浮かばないのも承知しています。
人生の大半を絵画に捧げてこられたのですから・それ以外の言葉はないでしょう。

でも先生・命は命です・目が見えなくなったら死にますか?
そうではないでしょう?先生は絵画を描くことで魂を磨いてこられたのです。
絵画はその「場所のひとつ」なんです・生かされている命です。
たった一度の命です・二度と現れない命です。

筆が持てなくなっても大切に生きてください。

ワタシは念願通り・絵を描かないで済むようになりました。
それでも・自然・街中・ホコリやゴミの中にでさえ・美を見つけることができます。
肌で感じる・舌で感じる・触って感じる・匂いを感じる・全て命あってこそです。

先生が生きて居られることを・大切に思っている人間もいます」






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脳舞台~怪しい爺さんと怪しい若者
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「設定」
爺さんがブランコに乗り・涙を浮かべながら・恋せよ乙女 紅い唇あせぬまに~♪
≠真夏の夜・公園・蛾が集まるランプの下・爺さんがベンチに座り・独り言。
その隣に・若者が缶コーヒー片手に座り・爺さんへ話しかける。

「登場人物」
志村喬似の爺さん       市川雷蔵似の若者(両人とも芸達者なんで出来れば)
(半袖白シャツ・棒ネクタイ姿)  (アロハシャツ姿)



「今夜は蒸し暑いなぁ・冷えたビールでもキューとやりたいわ」
「・・・・・」
「どうしたん?爺さん・何かあったんか?」

「爺さん・えろう辛気臭い顔してから・アホな考えしとるんちゃうか?」
「・・・ワシは善人であるのか・悪人であるのか・それがわからないのだ」
「はぁ?何をアホなこと言ってるねん・ええ歳こいて善人も悪人もあるかいな」

「善人・悪人にいい歳も何も関係ないではないか」
「ほぉ!そりゃすんませんねぇ・ところで爺さん・家では上手い事いってんの?」
「上手い事?息子と嫁と孫・そして婆さんがおる・それだけだ」

「家族の人間関係の事や・なんか悩みがあるとちゃうか?」
「家族とはあまり話をしない・そもそも相手にされとらん!」
「あははは・それそれ・それが悩みのタネになっとるんや・辛気臭い顔はそのせいや」

「バカ者!ワシは善人か悪人か・それを考えとるだけだ!話を余計な所に持っていくな」
「はいはい・了解了解。ところで善人・悪人ってどこで決まるん?」
「うむ?どこで決まる?善人は行い清く心に一片の翳りもない。悪人はその逆である」

「へぇ・ところでボクなぁ・こんな話を聞いたことがあるんや・ある男が宣教師に聞いたそうや。何故・3歳の子供に死を与えるのか?何の意味があって神様はそんな残酷なことをするのか?と疑問をぶつけたそうや・宣教師はこう言ったそうや・それは魂が聖いからです・とさ・男はそれで・納得したそうやが・ボクは全然納得せんなぁ・宣教師の理屈は決まり文句で解決するだけや・考えてみぃや・そもそも聖い魂がこの世に来るんかな?聖い魂なら・この世に来んでええやないか・そのままにしといたれや・と思うねん・死ぬとわかっとる3歳の子に宿る必要あるんかいな?」

若者は無精ひげを触りながら・コーヒーを口に運ぶ・苦い顔・曰くあり気な顔付きだ。

「爺さん・3歳の子供は善人か悪人か・わかるんかな?どや・どう思う?」
「それは・・・・たまたま魂の器が損傷しただけであって・・・・」
「ちゃうちゃう・爺さんの考える善人も悪人も・3歳で亡くなった子供と同じっちゅうことや・
つまりやね・善悪そのものに中身はないちゅうことや・ただの空洞ちゅうことや」
「わからん事を言うな・善と悪では丸っきり正反対ではないか!」

爺さんは険しい表情になり・肩を怒らせる・若者は落ち着かせるよう冷静に語る。

「むかしから・言うやないか・良い人だからと言って人を殺さないと限らない・それと同じ事やちゅうねん・考えてみぃや・それまで善行のみで暮らし・晩年になって・誤ってクルマで人を轢いてしまい・懲役刑になった・その人は善人か悪人か?どや?決められんやろ?決めたところでなるようにしかならんのよ・人間ってのは」
「バカ者!理屈ばかり捏ねるな!善に務めることこそ人間としてあるべき姿ではないか!」
「人間は考える葦の結果である・・・ってなぁ」

爺さんは怒り心頭・頂点に達したようだ・危なそうな目付きになる。
若者は肩をすくめ・コーヒーがなくなったから・自販機で買ってくると言う。
自販機はランプの少し離れた所にある。ほんのわずかな時間だ。

「お~い・爺さん・アンタも飲むかぁ?奢ったるでぇ」
若者がそう言いながら爺さんの方に顔を向ける。
ところが・爺さんの姿が見当たらない。

ベンチへ戻ってみる・座っていた所が水で濡れている。
「わ・・・何やコレ・ま・まさか・ボクは爺さんの幽霊と話しとったんやろか?」
若者の背筋が凍る・居ても立ってもおれず・公園から走って逃げる。

そこへ黒い影が現れる。

「若者よ・・・」

そう呟いたのは木陰に隠れていた爺さんだ。
「歳をとるとな・たまにこういうことがある・今日は紙パンツをしとらんかった・・・」
「こればかりは・善も悪もない・人間とはそういう輩である・それは確かだ・・・」
爺さんは濡れたズボンにハンカチを充てながら・家路を急いだ。



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さて・冒頭の長い台詞はChristian時代に実際聞いた話です・この宣教師こそ・後に「付き合ってください」と電話を掛けて来た「彼女」だったんですけれど(遠い岩手県から・ご苦労様)・彼女は喋りが得意で・説得力があるんです・そして女優並みのオーラがあり・実際当時は「ジャパンアクションクラブ」に入りたかったなどと言っていたものです・然しながら・文章を書かせるとグダグダで・聖書の言葉を引用するなど・紋切型の手紙しか寄越せなかった・全く感情が入っていなかったのです・なんとまぁ・アホな文章・書くんやろ・と思ったものです・ワタシはその逆で・弁舌は不得手でした・ところが手紙を書くと(輝くんですなぁ・これがw)彼女は弁舌と文章のギャップに驚愕するんです・・・・とまぁ・それは置いといて・この話は宗教観が混じりますので・「善人・悪人」としてだけ・取り扱っています・少し不自然で・無理やり押し込めたような気がします・その点は反省するべきでしょう・

また性善説・性悪説の話や「Adam・eve」の誕生~楽園追放の経緯・イザナギとイザナミの話も取り込もうと考えたんですが・さすがに・半端ない量を書かねばならず・善人・悪人だけに絞ざるを得なかった点は「そりゃ・アンタ・仕方ありませんでぇ」という所です・ラストの爺さんが漏らす場面は自分の体験を元にして書いています・それほどまだ・歳でないにも関わらず・我慢できない状態になった時があるんです・それまではチャックを締めたら・少し漏らす程度で・これはアカンなぁという事態になり・その内エスカレートしてしまった結果・自分の意思に関わらず全く我慢できず・漏らすことになったのです・なので紙パンツを履いていた時期があるのです・ところが・おかしなもので・自然治癒なのかどうか・今は残尿感など全くなく・漏らすこともありません・従って我慢することもできます・しかし・お漏らしは・いずれ辿る道ではないか?とも考えています・

人間の「生理」には逆らえません・目は近視・乱視・老眼・白内障ステージ3・の乱れ撃ちですし・歯も・歯茎もガタガタです・上奥歯2本欠如・もう替えが効かない状態です・前歯など歯並びのせいで「薄く研ぎ澄まされたカミソリ」状態【武器として使用可】・あれほど長かったまつ毛1.5cmも今や昔・きれいな二重瞼だったのに今は引力に逆らえず奥二重・腕や足にあった体毛は完全になくなった状態です・まぁ頭もそうなんですけどね^^;ワタシはだからといって・カツラを被ろうと思いません・女性の場合は仕方がありませんが・男性諸君!ハゲになったら「潔く丸坊主にしたまえ!派」です・丸坊主は楽なんです・シャンプー要りません・ボディシャンプー及び石鹸だけで済みます・「坊主カッター」買ったら「床屋さん」行かなくて済みます・メチャ経費節約になりますよ・チリも積もれば山となる・これだけで・ワタシがどれほど「大金持ち」になったやら・なったやら・なったやら・・・




孤独のヒーローは何処へ行ったのだ!
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昔昔・USA「逃亡者」というドラマがあり。
無実の罪で追われる人物が主人公・ひたすら逃げる孤独なヒーロー。
(ヒーローが逃げるというのもかなりマニアックな設定)

「スーパーマン」「スパイダーマン」でさえ孤独だった。
(※スーパーマンは重力の重い星からやって来た人間であるため・
ジャンプ力に優れているものの・本来ならずっと飛べるわけがなく・
何時かは放物線を描いて落ちる存在である)

鞍馬天狗のおじさんも・月光仮面のおじさんも。
常に「知り会い」は居たとしても孤独であった。
サングラス・ターバンの怪傑ハリマオも常に謎の存在であり続けた。
明智小五郎・金田一耕助など味方として関わる者はいるが。
基本・孤独な影を背負う人間なのである。

また初代ウルトラマン・ウルトラセブンなど。
初期から「警備隊」は存在したが・直接戦うのはあくまでも1人だったし。
初代仮面ライダーもサイボーグであることを悩む孤独な一人の青年だった。
(相談相手は常に喫茶店経営のオヤジさん)

そう・ヒーローは孤独だったのだ。

だが・現代はどうだろう?孤独なヒーローはいるのか?
必ずヒーローには仲間がおり団体対抗戦をするのである。
1人では解決できないのである・言わば組織型防衛システムである。
また「ドラゴンボール」「魁・男塾」を始めとして。
たいていは「倍々ゲーム」になり「敵」が味方になるのである。

アンパンマンに至ってはバイキンマン含め全員「劇団仲良しグループ」である。

無論・赤穂浪士47・新選組など昔から・組織型ヒーローもいた。
また「ガッチャマン」「おそ松くん」「サイボーグ009」などもその中に含まれるだろう。
それはそれでいいのである・必要があって集まった人達である。
だが待って欲しい・現代は「ワンピース」など・群れたがるのが主流なのか?

現代に個で戦うヤツはいないのか?ワタシは群れるのが嫌なのだ(ムレル=暑苦しい)

梶原一騎はアレコレ言われながら「あしたのジョー」「巨人の星」「タイガーマスク」
「空手バカ一代」(つのだじろう版)などの原作を書いた。彼らは皆・孤独に戦っていた。
(あしたのジョーは描き手のちばてつやの意見がかなり取り込まれている・
ちばは梶原とケンカも辞さなかった程・主人公矢吹ジョーに入れ込んでおり・
最後の真っ白に燃え尽きるジョーは・ちばてつやの創作である)

やはり・「ゴルゴ13」のおじさんしかおらんのか。
長い殺し屋稼業・引退してもいいんやで・疲れるやろ?
だが・居た!「孤独なヒーロー」が居たのである。
ドラマ「孤独のグルメ・井之頭五郎(いのがしら ごろう)」である。

仕事がてら・ふらりと立ち寄った店で1人飯を食う。
たったそれだけの物語である。主人公はワタシに似て結婚したくないタイプである。
(これについては諸所異論がある・まぁ・そこは置いといて)

故に昼間は常に外食である(職業=輸入雑貨商・ネクタイスーツ姿)
(ワタシは自炊タイプ・昼飯は雑穀米だらけの握り飯)
彼は自分の選択したメニューを味わいながら自分と戦う。
「美味いかどうか・選択肢を間違っていなかったかどうか?」
自分の舌と料理を対峙させ・食べながらせめぎ合いを続ける。

そしてその時間を楽しむのである・食との会話である。

料理に対する評価・葛藤を語りながら物語は淡々と進む。
(ヒーローはこの・ひと時を至福の時間と位置付ける)
たいていは舌と腹を満たし・納得し店を出て行くのである。
(否!実店舗ありきのロケーション・是非納得してください!)
ヒーローは1人・何かを背負い戦うのが宿命なのである。

(孤独のグルメ・原作=久住昌之・作画=谷口ジロー・TV主演・松重豊)


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「孤独のグルメ」か「深夜食堂」のどちらかに絞った挙句・「孤独のグルメ」を選択。
「深夜食堂」は見てくれ・暗い過去を背負うような感じのマスター(小林薫)が主人公。
常連客・そこに関わる人物たちで構成され・物語が進められる。
ここにもヤクザ稼業のサングラスをかけた(松重豊)が登場・芸域広いね・松重さん@@;

だが・今回「深夜食堂」を選択しなかったのは「常連客」が邪魔をしているからだ。
今回のテーマはナマハゲふうに言えば「孤独なヒーローはいね~が?」
その点において「深夜食堂」は孤独そうでありながら・孤独ではない。
マスター&常連客が結託しているのである・ああ・だからワタシはイヤなのだ。

特に常連客さまご用達の喫茶店とか・最悪・常連客には都合が良いだろうが。
そうでない者たちにとっては・けして居心地の良い場所ではない。
そもそもマスター及びママさんの接客態度が違うのである。
若い頃・利用していた喫茶店がまさに・それで・陰口を叩く世界でもあり。
常連客=悪いimageしか持っていない(従って今でも喫茶店は全く利用しない)

「孤独のグルメ」は常連とは無縁の世界・主人公は食を相手に心の中で喋るだけだ。
そこに余計なシガラミは一切存在しない・美食系漫画「美味しんぼ」などとは・
かけ離れた価値観を持っており・別次元の世界観を確立させた唯一のドラマである。





新世紀エヴァンゲリオン
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彼女は同じChristianだったし・「彼女の求めるもの」も知っていた。
Christianであるため自由な時間が欲しく・常にバイト生活を送っていた。
進学校にいた才媛・美形のお姫様タイプ(ただしツンデレ)
設計事務所に居たり・デザイン事務所に居たこともあって。
寄越す手紙は全て「ロットリング」で書いたものだった。

ワタシが棄教した後・ようやく「絵画に目覚め」小さな画廊で。
都合4回の個展を開いた・「起承転結」を意識した個展。
その際・ワタシは常に仕事だから・画廊には彼女を1万円/1日で雇い日中居てもらった。
(4日間はさすがに飽きるだろうと考え・全員女性1日だけ採用)

彼女には4回の個展全てに参加してもらった。
親元で暮らしていたとは言え・絶えずお金に苦労していたから。
(東京のある場所へ行くため旅費が必要だった事も一因)
ワタシからすれば支援金の意味も含んでいた。
(また女の話かよ・などと言ってはいけません・話は彼女なしでは書けないのです)
廻りは勘違いしていたようだが・何せツンデレさんである。
極めてドSなツンデレさんなのである(彼女はキツイ表情・言葉なのである)

その間・彼女は「膠原病」になるなど・辛い目にあったが。
病気の程度は悪性ではなく治療薬のみで日常生活に困らない程度に回復した。
彼女は読書好きで・例の「アイリス・チャン」の本を読んで。
「当時はこんなことがあったのよ」と言い・仲代達矢・上川隆也演じる「大地の子」を見て。
娘役の名前を現地の言葉で言えば「可愛いのに」と言っていた。

しかも司馬遼太郎「項羽と劉邦」(当時の題名は漢の風、楚の雨)まで読んでいた。
(ワタシも読んでいたが・さすがにコレを読んでいるとは思わなかった)
つまり当時の彼女はChina大陸について知識を身に付けたい様子だった。
最も「アイリス・チャン」の本が「真実」ではなく「捏造」だと知らないで読んでいたわけだが。
その後「アイリス・チャン」が「不審死」したのを彼女は知っただろうか。
(最もその頃には県外へ嫁に行っていたが)

さて・彼女の家へクルマで送った時のことである。

「夜ね・なんだか凄いアニメやってるの・宇宙的というか・
今までのアニメとスケールが全然違うの。
でね・監督が庵野って言うの・あの人・私の同級生なのよ。
当時から何だか変な人だった・・・」
とワタシに告げる・さて・そんなアニメ知らんがな。

これが「新世紀エヴァンゲリオン」だったわけだが。

当時は深夜枠での放送であるし・存在すら知らなかった。
既に「ロボットアニメ・機動戦士ガンダム」など珍しくないと思っていたし。
(マジンガーZと同じで要するにロボット内で操縦)
「モビルスーツ」という言葉は新しかったものの・ワタシには新鮮味がなかった。
それどころか全然関心がなかった・もうええ歳なんやしね~ということで完全無視。
他にもたくさんロボットアニメが造られたが結局は焼き直しの連続。

ところが・その後・当時のエヴァンゲリオンが再放送。

彼女が言っていたのはコレかぁ・と思いながら見ていたら。
これまであったロボットアニメではなかった。
「人間の心と機械をシンクロさせて動くロボット」であり。
「シンクロ」しなければ動かないシステム(暴走モードありき)。
つまり単なるロボット内操縦型ではなかったのだ。
動かすのは少年・少女たち。純粋な心の持ち主でなければ動かせない。
(綾波レイはエヴァ操縦のために造られたクローン人間だが・
いつしか人の心・個性・感情を宿し始めるという設定)

これはワタシにとって新鮮な発想だった。今までなかった人型ロボット。

しかも内容がかなり聖書に寄っている。
「使徒」という名称自体が新約聖書の「使徒行伝」から引用されているし。
第1使徒の名前はアダム・第2使徒・リリスは十字架にかけられたキリストを意識している。
そして他の使徒たちも新約・旧約聖書に基づいた命名がなされている。
(彼女はこの点でも関心があったのだろう)
「使徒」とは何者か?何故人類を襲うのか?謎に満ちた内容だった。
「東京第三都市」は「山も川もある巨大なシェルター」であり・
日常は地上にありながら・いざと言う時には都市ごとシェルターに降るなど。
いわゆる「庵野流」の機械の動き・見せ方も新鮮だった。
(原作GAINAX・監督庵野秀明・キャラクターデザイン貞本義行)

そして「おめでとう・のナンチャッテ最終回」になるのである。

自立型ロボット・・・鉄腕アトム
            8マン
            ロボット三等兵
            攻殻機動隊(フチコマ・タチコマ)etc・etc
外部操縦型ロボット・・・鉄人28号
              ジャイアントロボ・etc・etc
内部操縦型ロボット(car driveタイプ)・・・マジンガーZ・機動戦士ガンダムetc・etc・etc
内部操縦型ロボット(シンクロタイプ)・・・エヴァンゲリオン

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劇場版・新世紀ヱヴァンゲリヲン「序・破・Q」は「能」でいうところの「序破急」
三部構成から成っています・つまり順序に従えば劇場版は「Q」で終了なのです。
物語を完結しろ!などと一部で言われているようですが・「Q」で完全終了。

「起承転結」の四部構成と勘違いされている方が多いようですが。
「序破急」に次ぎはないのです・なぜ「Q」としたのか?Questionの「Q」と思えば。
TV版の最終回を知っていれば「Q」のままでいいんじゃね?と思うわけです。

そして・やはり来ました・2020年公開予定・「シン・エヴァンゲリヲン」
次にやるなら「シン」しかないだろうと思っておりました・葛城ミサト・よっしゃー!(`・ω・´)ゞ
ん?誰に向かってよっしゃーなんだろ?はて?

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彼女については・一度だけ・注意をしたことがある。
絶えず年賀状には「happy new ear」とあった。
これに文句を付けたのである・「あんた・年賀状ぐらい日本語にしたら?」
その後・謹賀新年・おめでとうございます・などになった。
そう・ワタシが彼女に文句を付けたのはこのぐらいなのだ。

後は全て「ツンデレさん」であり続け「結婚することを許してもらえますか?」
などとワタシに手紙を寄越したのは「確信犯」だったのは明らかで。
彼女は最後の最後に至るまで「ツンデレさん」だったのである。
「到底・彼女との暮らしは考えられない」
と思っていたワタシは故にダスティホフマンにならなかったのである。





閑話休題~日々雑感
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「地上波を聴く」で書いた通り・ワタシはほぼ20年程・TV・新聞・ラジオなど主要メディアを使わず・ネットのみの生活でしたから・パソコンを修理に出した後(浦島太郎状態)・ラジオを2~3日聞いてNHK「ハングル語を学びましょう」などと言い・Korea語が何故ハングル語になったのか・全く理解できず・ここでまずビックリしたわけです。そして民間放送局コメンターの偏向具合も酷く・2日間でブチ切れて・ラジオにすら嫌悪感を持ったものです。かねてより「地上波」は「左派勢力」(背景にkorea系・共産党China系・政治面などで彼らの意図することを是として放送)に飲み込まれており・海老沢元会長を最後にNHKも傘下に入っていることは世人の知るところでありますが・拘らずにTVを見ている方も多々居られるわけで・長い間をコレを見続ければ・知らずに刷り込まれる・と思ったものです。日教組の作った歴史教科書?「学び舎・人間の歴史」が文科省により認可され有名進学中学校を中心に採用されているなど(2014年・日韓議連・中日韓の歴史認識共有合意)・2000年以上前から続く国柄が・すっかり変容していることに気付かざるを得ません。日本国内は「情報戦」に置いて既にヤラレテいるのです。

ワタシが扱った記事・東条英機「遺言・最後のpride」の締めくくりの言葉「諸君、ねがわくば大和民族たる自信と誇りをしっかり持ち、日本三千年来の国史の導きに従い、また忠勇義烈なる先輩の遺旨を追い、もって皇運をいつまでも扶翼せんことを。これこそがまことに私の最後の願いである。思うに、今後は、強者に拝跪し、世間におもねり、おかしな理屈や邪説におもねり、雷同する者どもが少なからず発生するであろう。しかし諸君にあっては日本男児の真骨頂を堅持していただきたい。真骨頂とは何か。忠君愛国の日本精神。これだけである」もちろん・時代性を考慮すれば些か古びた印象を受ける文章ですが「今後は強者に拝跪し、世間におもねり~少なからず発生するであろう」の一文はまさしく戦後~現代がそうであるように・東条英機の考えよりも更に更に肥大化し・教育界を始め各メディアに置いて極めて増え過ぎた感が否めません・ポツダム宣言受諾・敗戦を受け入れたのは「国体護持」これがあったからこそです・またRussia南下で八方ふさがりになったことが受諾の要因とも言われていますが・先人が拘ったのはあくまでも「国体護持」だったのです。

現在・ネット保守番組で「スポンサーなど一切なしでやっているナンチャラチャンネル」などそうですが・彼らは我が長州藩の一思想家である吉田松陰先生の「草莽崛起」がお気に入りらしく・やたら日の丸を掲げ・差別表示・発言はしないでくださいなどと言いながら・去年12月などは官邸前で日の丸大行進なるものを行い・挙句に政権批判を下卑た言葉であげつらい・左派と何ら変わりのない見苦しい姿をさらけ出しておりました・政権批判はいいのです・しかし果たしてあの姿が「草莽崛起」の本性だったのでしょうか?むろん彼らの「草莽崛起」は「日本中の民草の言論を掘り起し伝える事」を意味しているわけですが・少なくとも保守云々を語るならば「草莽崛起」など用いず「国体護持」を念頭に置き活動されるべきかと考えます。何故ならば彼らが標榜する保守とは・皇室があってこそ・語れるわけであり・中心をそこに置かずして・どこに軸足を置くのか?と問いたいわけです。遅くとも3年経ずして・現在の政権は終了するのです・然しながら「国体護持」はその後も続くのです。政権は通過性を持つ存在であり・日本国民が選択するものです。「日の丸」を掲げるのは「国体護持」のためにこそ・行なわれるのが宜しいでしょう。

この番組は毎日交代で陣容が異なります・その中に「夜桜亭ナンチャラ」という放送があり・スナック風のカウンターがセットしてあり・某氏が飲みながら・世間話をするスタイルです。そこに時々贈り物をもらった某氏が「いつもすみません」と言いつつ・名前を挙げるのが我が地元で有名な住職であり(おそらく番組の会員でしょう)・徳ありて・高潔・気骨ある人物です。門前にある細い通りは「旗日」には・立ち並んだ家々が必ず一斉に日の丸を掲げます(おそらく皆さん・門徒衆かと思います)・住職は日の丸大行進の姿をどう思われたでしょうか?マイクを向けられた「保守を名乗る人々の下卑た言葉」を喜んで見られたのでしょうか?ワタシは住職とは・かつて院内で行われた「漢詩」の勉強会で一緒に専門家から数々講義を受けた者です・またある画廊を通しての知り会いでもあり・古くから人柄を知る者です。故に到底あの様を喜ばれたとは思いません。「某氏」は「田母神氏を推薦しながら・あんなヤツだと思わなかったで切り捨て」何の責任も負わなかった人物であり・潔く他に席を譲るなどして裏方に徹して頂きたいものです。某氏が居なくなって困るような番組ならば・それほどのものでしかなかったと言うしかありません。最もワタシは某氏が出る番組はほぼ見ませんし・番組自体のファンでもありません。たまに見るのは関連番組「沖縄の声」ぐらいでしょうか。これは自ら保守番組と称するならば・という前提で書いた拙文です。

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・ワタシは肥後天草系長州人と自称しております・長州で産まれたわけではないからです・小学生に上がるまで・天草郡鬼池村に住んでいたからです(現在は天草市)。鬼池村ですよ?この謎めいた村名(現在あるのかな?)は「横溝正史ワールド」のようで・金田一耕助が出てきそうではありませんか・実に捨て難い名称です・戸籍はとうに長州になっておりますが・そして鬼池村当時の記憶も朧気にしか覚えていませんが・大事にしておきたい想いがあります・ワタシの最も古い記憶は「明るい日差し・畑の上・自分は藁で編んだ籠の中・廻りは花咲く椿」の風景です・これ以上の記憶を遡ることは出来ません・つまりワタシの原点なのです・原点を捨てるわけにはいきません・また認知症になった亡き父を連れ帰郷した際に生家を訪ね・井戸を見つけました・そこに何かしら記憶があるのか・非常に懐かしい想いがしたものです・だからと言って普段「天草」を故郷と考えておりません・そう呼ぶには余りにも年月が経ちすぎました・こちらでの想い出が雪のようにたくさん積みあがっているからです・天草郡鬼池村は茶色い封筒に入れた風景写真のように残っているだけです。

文字過剰@@;・ここまでやると・自分ですら読む気がしない・これは「文字ゲージツ」です^^;